ふるにものなく一粒の米、一銭の貯《たくわえ》だになくて食はず飲まずに一日を送りしことも一、二度はありきとぞ。その他は推して知るべし。『小日本』と関係深くなりて後君は淡路町《あわじちょう》に下宿せしかば余は社よりの帰りがけに君の下宿を訪ひ画談を聞くを楽《たのしみ》とせり。君いふ、今は食ふ事に困らぬ身となりしかば十分に勉強すべしと。乃《すなわ》ち毎日|草鞋《わらじ》弁当にて綾瀬《あやせ》あたりへ油画の写生に出かけ、夜間は新聞の挿画《さしえ》など画く時間となり居たり。君が生活の状態はこの時以後|漸《ようや》く固定して終《つい》に今日の繁栄を致しし者なり。
君が服装のきたなきと耳の遠きとは君が常職を求むる能はずして非常の困窮に陥りし所以《ゆえん》なるが、余ら相識るの後も一般の人は君を厭ひあるいは君を軽蔑し、余ら傍《かたわら》にありて不折君に対し甚だ気の毒に思ひし事も少からず。されど君が画における伎倆《ぎりょう》は次第にあらはれ来り何人もこれに対しての賞賛を首肯《しゅこう》せざる能はざるほどになりぬ。達磨《だるま》百題、犬百題、その他何十題、何五十題といふが如き、あるいは瓦当《がとう》その他の
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