じょうさま》には福は内鬼は外、といふ。この時鬼は門外にありてささらにて地を打ち、鬼にもくれねば這入《はい》らうか、と叫ぶ。そのいでたちの異様なるにその声さへ荒々しければ子供心にひたすら恐ろしく、もし門の内に這入り来《き》なばいかがはせんと思ひ惑へりし事今も記憶に残れり。鬼外にありてかくおびやかす時、お多福内より、福が一しよにもろてやろ、といふ。かくして彼らは餅、米、銭など貰《もら》ひ歩行《ある》くなり。やがてその日も夕《ゆうべ》になれば主人は肩衣《かたぎぬ》を掛け豆の入りたる升を持ち、先づ恵方《えほう》に向きて豆を撒き、福は内鬼は外と呼ぶ。それより四方に向ひ豆を撒き福は内を呼ぶ。これと同時に厨《くりや》にては田楽《でんがく》を焼き初む。味噌の臭《におい》に鬼は逃ぐとぞいふなる。撒きたる豆はそを蒲団《ふとん》の下に敷きて寐《いぬ》れば腫物出づとて必ず拾ふ事なり。豆を家族の年の数ほど紙に包みてそれを厄払《やくばらい》にやるはいづこも同じ事ならん。たらの木に鰯《いわし》の頭さしたるを戸口々々に挿《はさ》むが多けれど柊《ひいらぎ》ばかりさしたるもなきにあらず。それも今はた行はるるやいかに。[#
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