「口」、第4水準2−85−54]」、49−15]」に白丸傍点](ひめ)の字のつくりは臣に非ず。
 士と土、爪と瓜、岡と罔《もう》、齊と齋、戊《ぼ》と戌《じゅつ》、これらの区別は大方知らぬ人もなけれど商[#「商」に白丸傍点](あきなひ)と※[#「摘のつくり」、第4水準2−4−4][#「※[#「摘のつくり」、第4水準2−4−4]」に白丸傍点](音テキ)、班[#「班」に白丸傍点](わかつ)と斑[#「斑」に白丸傍点](まだら)の区別はなほ知らぬ人少なからず。
 以上挙げたる誤字の中にも古くより書きならはして一般に通ずる者は必ずしも改むるにも及ばざるべし。但甲の字と乙の字と取り違へたるは是非とも正さざるべからず。
 甲の字と乙の字と取り違へたる場合は致し方なけれど或る字の画を誤りたる場合はこれを印刷に附する時は自《おのずか》ら正しき活字に直る故印刷物には誤字少き訳なり。けだし活字の初は『康熙字典《こうきじてん》』によりて一字々々作りたりといへば活字は極めて正しき者にてありき。しかるに近来出来たる活字は無学なる人の杜撰《ずさん》に作りしものありと見えて往々|偽字《ぎじ》を発見する事あり。せめては活字だけにても正しくして世の惑《まどい》を増さざるやうしたき者なり。[#地から2字上げ](三月五日)

 自分は子供の時から湯に入る事が大嫌ひだ。熱き湯に入ると体がくたびれてその日は仕事が出来ぬ。一日汗を流して労働した者が労働がすんでから湯に入るのは如何にも愉快さうで草臥《くたびれ》が直るであらうと思はれるがその他の者で毎日のやうに湯に行くのは男にせよ女にせよ必ずなまけ者にきまつて居る。殊に楊枝《ようじ》をくはへて朝湯に出かけるなどといふのは堕落の極である。東京の銭湯は余り熱いから少しぬるくしたら善からうとも思ふたがいつそ銭湯などは罷《や》めてしまふて皆々冷水摩擦をやつたら日本人も少しは活溌になるであらう。熱い湯に酔ふて熟柿《じゅくし》のやうになつて、ああ善い心持だ、などといふて居る内に日本銀行の金貨はどんどんと皆外国へ出て往てしまふ。[#地から2字上げ](三月六日)

 自分が病気になつて後ある人が病牀のなぐさめにもと心がけて鉄網《かなあみ》の大鳥籠を借りて来てくれたのでそれを窓先に据ゑて小鳥を十羽ばかり入れて置いた。その中にある水鉢の水をかへてやると総ての鳥が下りて来て争ふて水をあびる様が面白いので病牀からながめて楽しんで居る。水鉢を置いてまだ手を引かぬ内にヒワが一番先に下りて浴びる。浴び様も一番上手だ。ヒワが浴びるのは勢ひが善いので目《ま》たたく間に鉢の水を半分位羽ではたき散らしてしまふ。そこで外の鳥は残りの乏しい水で順々に浴びなくてはならぬやうになる。それを予防するつもりでもあるまいが後にはヒワが先づ浴びようとするとキンバラが二羽で下りて来てヒワを追ひ出し二羽並んで浴びてしまふ。その後でジヤガタラ雀が浴びる。キンカ鳥も浴びる。カナリヤも浴びる。暫《しばら》くは水鉢のほとりには先番後番と鳥が詰めかけて居る。浴びてすんだ奴は皆高いとまり木にとまつて頻《しき》りに羽ばたきして居る。その様が実に愉快さうに見える。考へて見ると自分が湯に入る事が出来ぬやうになつてからもう五年になる。[#地から2字上げ](三月七日)

 余は漢字を知る者に非ず。知らざるが故に今更に誤字に気のつきしほどの事なれば余の言ふ所必ず誤あらんとあやぶみしが果してある人より教をたまはりたり。因《よ》つて正誤かたがたこれを載せ併《あわ》せてその好意を謝す。
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(略)※[#「懶−りっしんべん」、第3水準1−92−26]※[#さんずい+懶のつくり、第3水準1−87−30]獺懶等の旁《つくり》は負なり頁《おおがい》にあらずとせられ候へども負にあらず※[#「刀/貝」、52−4]の字にて貝の上は刀に候勝負の負とは少しく異なり候右等の字は剌《らつ》より音生じ候また※[#「聖」の「王」に代えて「壬」の下の横棒が長いもの、52−5]の下は壬にあらず※[#「壬」の下の横棒が長いもの、52−5](音テイ)に候※[#「呈」の「王」に代えて「壬」の下の横棒が長いもの、52−6]※[#「望」の「王」に代えて「壬」の下の横棒が長いもの、52−6]等皆同様に御座候右些細の事に候へども気付たるまま(一老人|投《とうず》)
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 またある人より
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(略)菩薩《ぼさつ》薩摩の薩は字原|薛《せつ》なり博愛堂『集古印譜』に薩摩国印は薛……とあり訳経師《やっきょうし》が仮釈《かしゃく》にて薛に二点添付したるを元明《げんみん》より産の字に作り字典は薩としあるなり唐には決して産に書せず云々
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 右の誤は字典にもあり麑島《かごしま》人も仏教家
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