り。[#地から2字上げ](四月二十三日)
昨夜の夢に動物ばかり沢山遊んで居る処に来た。その動物の中にもう死期が近づいたかころげまはつて煩悶《はんもん》して居る奴がある。すると一匹の親切な兎《うさぎ》があつてその煩悶して居る動物の辺に往て自分の手を出した。かの動物は直《ただち》に兎の手を自分の両手で持つて自分の口にあて嬉しさうにそれを吸ふかと思ふと今までの煩悶はやんで甚だ愉快げに眠るやうに死んでしまふた。またほかの動物が死に狂ひに狂ふて居ると例の兎は前と同じ事をする、その動物もまた愉快さうに眠るやうに死んでしまふ。余は夢がさめて後いつまでもこの兎の事が忘られない。[#地から2字上げ](四月二十四日)
碧梧桐《へきごとう》いふ、
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山吹やいくら折つても同じ枝 子規
山吹や何がさはつて散りはじめ 同
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の二句は月並調にあらずやと。かういふ主観的の句を月並調とするならば
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鶴の巣や場所もあらうに穢多の家 子規
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なども無論月並調の部に入れらるるならん。抱琴《ほうきん》いふ、
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鶯や婿《むこ》に来にける子の一間《ひとま》 太祇《たいぎ》
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は月並調に非ずやと。挿雲《そううん》いふ、
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初午《はつうま》はおのれが遊ぶ子守かな 挿雲
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の句は月並調に陥り居らずやと。以上の句人のも自分のも余は月並調に非ずと思ふ。余が月並調と思へる句は左の如き句なり。
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二日灸《ふつかきゅう》和尚|固《もと》より灸の得手 碧梧桐
草餅や子を世話になる人のもと 挿雲
手料理の大きなる皿や洗ひ鯉 失名
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など月並調に近きやう覚ゆ。古人の句にても
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七草や余所《よそ》の聞えも余り下手 太祇
七草や腕の利《き》きたる博奕打《ばくちうち》 同
帰り来る夫のむせぶ蚊遣《かやり》かな 同
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など月並調なり。芭蕉《ばしょう》の
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春もやゝけしきとゝのふ月と梅 芭蕪
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なども時代の上よりいへば月並調の一語を以て評し去ること気の毒なれど今日より見れば無論月並的の句なり。もと月並調といふ語は一時便宜のため用ゐし語にて、理窟の上より割り出だしたる語にあらねばその意義甚だ複雑にしてかつ曖昧なり。されど今一、二の例につきていはんか、前の「山吹や何がさはつて」の句をその山吹を改めて
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夕桜何がさはつて散りはじめ
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となさば月並調となるべし。こは下《しも》七五の主観的形容が桜に適切ならぬためことさらめきて厭味を生ずるなり。また「二日灸和尚固より」の句を
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二日灸和尚は灸の上手なり
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となさば月並臭気なかるべし。こは言葉遣ひの如何によりて月並調になりもしまたならずにも済むなり。二日灸といふ題もと月並的臭気を含めるに、その上に「和尚固より灸の得手」といふ如く俗調を乗気になつて用ゐし故俗に陥りしなり。極めて俗なる事を詠むに雅語《がご》を用ゐて俗に陥らぬやうにする事|天明《てんめい》諸家の慣手段《かんしゅだん》なり。また「帰り来る夫の咽《むせ》ぶ」といふは趣向のきはどき処に厭味ある者なれば全く趣向を変へねば月並調を脱する能はざるべし。「帰り来る」も「夫」も「むせぶ」も皆厭味を含めり。よくよくの月並的趣向なり。
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附記、少し変な句を月並調かと思ふ人多けれどそは誤なり。月並にはかへつて変な語、変な句法などは排斥するなり。月並は表面甚だもつともらしくして底に厭味ある者多し。変な句は月並調に非ずと知るべし。
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[#地から2字上げ](四月二十五日)
ある人に向ひて短歌の趣向材料などにつきて話すついでにいふ、「松葉の露」といふ趣向と「桜花の露」といふ趣向とを同じやうに見られたるは口惜し。余が去夏《きょか》松葉の露の歌十首をものしたるは古人の見つけざりし場所、あるいは見つけても歌化せざりし場所を見つけ得たる者として誇りしなり。もし花の露ならば古歌にも多くあり、また旧派の歌人も自称新派の歌人も皆喜んで取る所の趣向にして陳腐中の陳腐、厭味中の厭味なる者なり。試みに思へ「松葉の露」といへばたちどころに松葉に露のたまる光景を目に見れども「花の露」とばかりにては花は目に見えて露は目に見えずただ心の中にて露を思ひやるなり。是《ここ》においてか松葉の露は全く客観的となり、花
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