ここから2字下げ]
附記、ある人より舍の字は人冠に舌に非ず人冠に干に口なる由いひこされ、またある人より協[#「協」に白丸傍点]議の協[#「協」に白三角傍点]を恊に書くは誤れる由いひこされたり。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から2字上げ](三月十七日)

 宝引(ほうびき)といふ事俳句正月の題にあれど何の事とも知らずただ福引の類ならんと思ひてありしがこの頃|虹原《こうげん》の説明を聞きて疑解けたり。虹原の郷里(羽前《うぜん》)にてはホツピキと称《とな》へて正月には今もして遊ぶなりと。その様は男女十人ばかり(男三分女七分位なるが多く、下婢《かひ》下男抔もまじる事あり)ある家に打ち集《つど》ひ食物または金銭を賭け(善き家にては多く食物を賭け一般の家にては多く金銭を賭くとぞ)くじを引いてこれを取るなり。くじは十人ならば四、五尺ばかりの縄十本を用意し、親となりたる者一人その縄を取りてその中の一本に環または二文銭または胡桃《くるみ》の殻などを結びつく。これを胴ふぐりといふ、これ当りくじなり。親は十本の縄の片端は自分の片手にまとひ他の一端を前に投げ出す。元禄頃の句に
[#ここから5字下げ]
宝引《ほうびき》のしだれ柳や君が袖      失名
[#ここで字下げ終わり]
とあるは親が縄を持ちながら胴ふぐりを見せじとその手を袖の中に引つこめたる処を形容したるにや。かくて投げ出したる縄を各※[#二の字点、1−2−22]一本づつ引きてそのうち胴ふぐりを引きあてたる者がその場の賭物を取る。その勝ちたる者代りて次の親となる定めにて、胴ふぐり親の手に残りたる時はこれを親返りといふとぞ。
[#ここから5字下げ]
保昌《やすまさ》が力引くなり胴ふぐり     其角《きかく》
宝引や力ぢや取れぬ巴どの     雨青
時宗が腕の強さよ胴ふぐり     沾峩《せんが》
[#ここで字下げ終わり]
などいふ句は争ふて縄を引張る処をいへるなるべく
[#ここから5字下げ]
宝引やさあと伏見の登り船     山隣
[#ここで字下げ終わり]
といふ句は各※[#二の字点、1−2−22]が縄を引く処を伏見の引船の綱を引く様に見立てたるならん。
[#ここから5字下げ]
宝引に夜を寐ぬ顔の朧《おぼろ》かな     李由《りゆう》
宝引の花ならば昼を蕾《つぼみ》かな     遊客
[#ここで字下げ終わり]
などいふ句あるを
前へ 次へ
全98ページ中38ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
正岡 子規 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング