囈語《げいご》一句二句|重畳《ちょうじょう》して来る、一たび口を出づれば復《また》記する所なし。中につきて僅かに記する所の一、二句を取り補ふて四句となす。ただ解すべく解すべからざる処奇妙。
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星落白蓮池。 池塘《ちとう》草色|斉《ひとし》。 行々不[#レ]逢[#レ]仏。 一路失[#二]東西[#一]。
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[#地から2字上げ](六月九日)

 東京にすばしこき俳人あり。運座の席に出て先輩の句に注意しまたどのやうな句が多数の選に入るかを注意しその句を書きつけ帰り直《ただち》にその句の特色を模倣してむしろ剽窃《ひょうせつ》して東京の新聞雑誌に投じまたは地方の新聞雑誌に投じただその後《おく》れん事を恐る。一般の世人はまたその模倣を模倣しその剽窃を剽窃しかくしてその特色は忽《たちま》ち天下に広がり原句いまだ世に出でざる先に既に陳腐に属し、たとへこれを世に出すも誰も返り見る者なきに至る。これでは俳句界にも専売特許局がほしくなるなり。[#地から2字上げ](六月十日)

 病室の片側には綱を掛けて陸中《りくちゅう》小坂《おさか》の木同より送り来し雪沓《ゆきぐつ》十種ばかりそのほかかんじき蓑《みの》帽子など掛け並べ、そのつづきには満洲にありしといふ曼陀羅《まんだら》一幅|極彩色《ごくさいしき》にて青き仏赤き仏様々の仏たちを画がきしを掛け、ガラス戸の外は雨後の空心よく晴れて庭の緑したたらんとす。昨日|歯齦《はぐき》を切りて膿汁《うみじる》つひえ出でたるためにや今日は頬のはれも引き、身内の痛みさへ常よりは軽く堪へやすき今日の只今、半杯のココアに牛乳を加へ一匕《ひとさじ》また一匕、これほどの心よさこの数十日絶えてなき事なり。[#地から2字上げ](六月十一日)

 植木屋二人来て病室の前に高き棚を作る。日おさへの役は糸瓜《へちま》殿夕顔殿に頼むつもり。
 碧梧桐《へきごとう》来て謡曲二番|謡《うた》ひ去る。曰《いは》く清経《きよつね》曰く蟻通《ありどおし》。[#地から2字上げ](六月十二日)

 日本の牛は改良せねばならぬといふから日本牛の乳は悪いかといふと、少しも悪い事はない、ただ乳の分量が少いから不経済であるといふのだ。また牛肉は悪いかといふとこれも、牛肉は少しも悪い事はないのみならず神戸牛と来たら世界の牛の中で第一等の美味であるのだ、それをな
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