すな。
 閻王はせせら笑ひして
「よろしい、それでは突然とやるよ。しかし突然といふ中には今夜も含まれて居るといふ事は承知して居てもらひたい。
「閻魔《えんま》様。そんなにおどかしちやあ困りますよ。(この一句|菊五《きくご》調)
 閻王からから笑ふて
「こいつなかなか我儘《わがまま》ツ子ぢやわい。(この一句|左団《さだん》調)
[#ここから5字下げ]
拍子木《ひょうしぎ》         幕
[#ここで字下げ終わり]
[#地から2字上げ](五月二十一日)

 遠洋へ乗り出して鯨《くじら》の群を追ひ廻すのは壮快に感ぜられるが佃島《つくだじま》で白魚舟《しらうおぶね》が篝《かがり》焚《た》いて居る景色などは甚だ美しく感ぜられる。太公望《たいこうぼう》然として百本杭に鯉《こい》を釣つて居るのも面白いが小い子が破れた笊《ざる》を持つて蜆《しじみ》を掘つて居るのも面白い。しかし竹の先に輪をつけて臭い泥溝をつついてアカイコ(東京でボーフラ)を取つては金魚の餌《えさ》に売るといふ商売に至つては実に一点の風流気もない。それでも分類するとこれもやはり漁業といふ部に属するのださうな。[#地から2字上げ](五月二十二日)

 漱石が倫敦《ロンドン》の場末の下宿屋にくすぶつて居ると、下宿屋の上《かみ》さんが、お前トンネルといふ字を知つてるかだの、ストロー(藁《わら》)といふ字の意味を知つてるか、などと問はれるのでさすがの文学士も返答に困るさうだ。この頃|伯林《ベルリン》の灌仏会《かんぶつえ》に滔々《とうとう》として独逸《ドイツ》語で演説した文学士なんかにくらべると倫敦の日本人はよほど不景気と見える。[#地から2字上げ](五月二十三日)

 病床に寐て一人聞いて居ると、垣の外でよその細君の立話がおもしろい。
[#ここから2字下げ]
あなたネ提灯《ちょうちん》を借りたら新しい蝋燭《ろうそく》をつけて返すのがあたりまへですネそれをあなた前の蝋燭も取つてしまふ人がありますヨ同じ事ですけれどもネさういつたやうな事がネ……
[#ここで字下げ終わり]
などとどつかの悪口をいつて居る。今の政治家実業家などは皆提灯を借りて蝋燭を分捕《ぶんどり》する方の側だ。尤《もっと》もづうづうしいやつは提灯ぐるみに取つてしまつて平気で居るやつもある。
[#ここから5字下げ]
提灯を返せ/\と時鳥《ほととぎす》
[#ここで字
前へ 次へ
全98ページ中74ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
正岡 子規 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング