人は造句を工夫せずして寧ろ古句を襲用するを喜びし故に衰へたり。今の萬葉を學ぶ者萬葉を丸呑にせず萬葉歌人工夫の跡を噛み碎きて味はゞ明治の新事物も亦容易に消化するを得んか。此歌に就きては猶歌以外に研究すべき事あり。今の人にして行幸に供奉したらん程の人、歌を詠まばまさかに旅中の悲などはいはざるべし。こは如何。第一に時代の相違、第二に人間の思想の相違にあるべし。昔の旅は交通不便なる地に行きて不自由をする事故都の人は旅にありて故郷を憶ふ情今日よりは遙に強かりしならん。其上昔の人は法律學も政治學も知らず權利義務の考も薄ければ國家などゝいふ觀念もたしかならず只感情ばかりにて尊しとも悲しとも思ふわけなれば供奉《ぐぶ》中にても悲しき時は悲しきと歌よみたるべし。畢竟古の人は愚なるだけに虚飾の少かりしやに見ゆ。明治の人には明治の思想あればそれを歌に詠むはいふ迄もなき事ながら虚飾的の忠君愛國などは之を詠んで何の妙もなかるべし。古より慷慨悲憤の詩歌に佳作無きは虚飾多きためなり。此歌軍王とあるは考ふる所無しと古人もいへり。此歌に裏面の事情ありや否やは知らず。
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   反歌
山ごしの風を時じみ寢る夜落ちず家なる妹をかけてしぬびつ
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「ときじみ」に説あり。
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   額田王歌
秋の野のみ草刈り葺きやどれりし宇治の宮子の假庵しおもほゆ
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「みやこ」といふ事に就きて兼ねて論あり。皇居のあるところを都といふはいふ迄もなけれど、此歌にては行在にても都といふが如し。鎌倉の都といひ得べきか否かに就きて、ある人、昔は國府を鄙の都といひし例もあれば鎌倉の如く江戸の如く覇府《はふ》ありし地は都といひてもよかるべし、といへり。
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   額田王歌
熟田津《ニギタヅ》[#ルビの「ニギタヅ」に〈原〉の注記]に船乘《フナノリ》[#ルビの「フナノリ」に〈原〉の注記]せむと月待てば潮もかなひぬ今はこぎいでな
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 伊豫の熟田津より西國に行幸ある時の歌なるべしと。「月待てば」は實際は潮を待つならん。「ふなのり」といふ語今は俗語に用ゐられて歌などに詠まれぬが如し。
 莫囂圓隣云々の歌讀方諸説あり。今省く。[#地から2字上げ]〔日本附録週報 明治33[#「33」は縦中横]・6・11[#「11」は縦中横]
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