僕だ。悪魔、悪魔には違ひないが併し其時自分を悪魔とも思はないし又みイちやんを魔道に引き入れるとも思はなかつた。此間の消息を知つてる者は神様と我々二人ばかりだ。人間世界にありうちの卑しい考は少しもなかつたのだから罪は無いやうな者であるが、そこはいろ/\の事情があつて、一枚の肖像画から一篇の小説になる程の葛藤が起つたのである。その秘密はまだ話されない。恐らくはいつ迄たつても話さるゝ事はあるまい。斯様の秘密がいくつと無く此墓地の中に葬られて居るであらうと思ふと、それを聞きたくもあるし、自分のも話したいが、話して後に若し生き還ると義理が悪いから矢張秘密にしておくも善からう。とにかく今日は艶福の多い日だつた。……日の立つのも早いもので最う自分が死んでから一周忌も過ぎた。友達が醵金して拵へてくれた石塔も立派に出来た。四角な台石の上に大理石の丸いのとは少としやれ過ぎたがなか/\骨は折れて居る。彼等が死者に対して厚いのは実に感ずべき者だ。が先日こゝで落ちあつた二人の話で見ると、石塔は建てたが遺稿は出来ないといふ事だ。本屋へ話したが引き受けるといふ者は無し、友達から醵金するといつても今石塔がやつと出来た
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