して感情の理論と損得の理論と両立せざることを知らざるものなり。自分の多情なる、徒然に一年の長日月を経過するは一刻千金に折算して八百余万円を浪費するよりも惜しく思はるゝなり。理に於て為すべき事も情に於て為し肯ぜざること数々なるは改めていふ迄のこともなかるべし。自分は一字も多く読みたきは一生の願なれども、其願は一刻も早く成就せんことを冀ふものなり。近欲《チカヨク》は遠大の利にあらざるは万々承知なれども、其近欲に迷ふて一年も早く書を読みたきは感情の然らしむる所、自分ながら又已むを得ざるなり。斯く言はゞ或はそは汝が我儘なり、得手勝手といはれんかも知らざれども、其我儘も中々に得手勝手ならざる所以を以前の議論にあてはめて論ぜんとす。
今自分をして一年廃学せしめんか、自分の慾の中の一大部分なる読書慾を全く減却し去る者なれば、其代りに来るべき六十乃至七十斤の慾は何なるべきや。人は自分に種々の仕事を教ふれども、我感情の承知せざるを如何せん。我呂尚にあらず、又天下第一の愚者にもあらず、釣を垂るゝ終日空しく痴魚の欺かるゝを待つを欲せんや。我性朽木の如く彫すべからずと雖も、宰我の如く昼寝ぬる得んや。或はたゞ
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