けし限りは人間の義務として完全無欠の人間に近づかんといふが如き高尚なる徳を有するものにはあらねども、自分も亦沐猴にあらず、鸚鵡にあらず、食ふて寝ておきて又食ふといふ様な走尸行肉となるを愧づるものなれば、数年前より読書の極は終に我身体をして脳病か肺病かに陥らしむるとは万々承知の上なり。只々今日已に子規生なる仮名を得んとは思の外なりしかども、これもよく/\考へて見れば少し繰あげたるのみにて、今更驚くにも足らざるべし。多情の好男子、多恨の佳女子相恋ひ相思ふの極、終に生命を以て感情の犠牲として刀剣に伏し毒薬を飲むと何ぞ異ならんや。彼は未来に於て一蓮互に半座を分たんことを希ひ、これは今生未来に於て能く名声を竹帛にたれんことを願ふの差あるのみ。斯く一生の目的は一巻も多く読み一枚も多く著すにあれば、只々此病の為に日月を縮められ其目的を達し得ざるを憂ふるのみなり。若し今一年廃学して後に五年となり十年となりの年月を延ぶるを得ば宜しけれども、さもなくば自分は一日も書を読まざるを好まざるなり。或は今一年廃学したる為に後に一年と一日でも命を長くすれば一日だけの得ならずやといふ人あるべけれども、そは損得の理論に
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