手段なく方法なき為に、百五十斤の慾心もそれだけ現はれずして狂気となり自殺となるなり。気の換り易き人は一にて失望すれば他に満足すべき方法を見出すことやすし。酒を飲む人禁酒して煙草を喫し、禁烟して又菓子を食ふ、此の如きこそ多[#「多」に丸傍点]情といふべけれ。世人の所謂多情なるものは多情にあらずして深情とか濃情とかいふ方適切ならんか。呵々。
自分はどちらかといふと多情なる方ならん。(多情とは勿論世俗に所謂に従ふなり)多情なるが故に若し何かの事情により一方に傾けば其方向に固著して他方に向ふこと稀なり。又前に慾を論ずる条に生命の慾を言はざりしが、こは論外として置きたるものにて、此慾は十分の九位を占め居ること何人にても同じことなれば書くも書かざるも比較上差支なしと思ひたれども、こゝに至りてかつぎ出さねばならぬ場合に立ち至れり。即ち多情の人に至りては其多情の為に生命の慾を減殺することあり。他語以て之を言へば生命を軽んずることなり。自分の読書の慾も少しは此域に達し、此慾の為にならば多少は生命を減消するもかまはぬとの考を起したり。自分は固より朝に道を聞て夕に死を恐れざる聖人にもあらず、又此世に生を受
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