るに若しそを少しにても押へて発せざらしめば、即ち百斤のものを九十五斤となさば其人は神経病を起すなり。(通例の欝憂も皆此理なるべし)其押へる度甚しければ所謂狂癲となり、狂癲の極は即ち自殺するに至るべし。耳目鼻口の慾を制限したるより気狂ひとなりたる例は稀ならぬことにて、少し失望のことあれば不愉快の感を起し何となくふさぐといふことは誰も日々二三度づつは経験する所なり。現に去年のことなりけん今年のことなりけん、外国のさるやんごとなき御方のわりなく思ひつゞけられ其慾のとげられぬ為、仮の浮世をはかなみて蓮の台へと急がせられしは浅ましき限りと思ふ人多かれども、こは人間の免るべからざることなりと思へば、吾妻橋より手を引きて情死すると変りあるべくもあらず。されば如何に癇癖の人なりとて心に少しも不満足なければ狂癲となり、あるは自殺することなかるべし。
 今迄が冒頭にて是からが自分の身に引き合して見る積りでありますから、左様御承知を願ひます。扨自分は如何なる人間なるやといふにおのれのことを判然といひがたけれども、前例の甲乙二者の中どちらに類似するかといふと、寧ろ乙者に類する者と思はるゝなり。然らば自分の性質
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