すれば一情衰ふ。昨日の放蕩家は変じて今日の勉強家となるも、其放蕩と勉強とは同時に許さるべからざるは勿論なり。
 夫れ人は木石にあらず、誰か色情なからん。人は禽獣にあらず、誰か名誉心なからん。只々恠しむべきは色情無きが如く見ゆる人あり。名誉心は殆ど消滅したるかと思はるゝ人あることなり。即ち語を換へていへば種々の慾心の内に潜んで現はれざるものと、外に出て盛なる者との区別あることなり。此内伏外顕の原因を如何にと探るに、そは固より其人の性質習慣境遇によるものなるべし。幼にして俎豆をならべ礼譲を学ぶ者あり。長じても花にうかれ柳にさそはれ内を外に遊ぶ者あり。是等は一は其性質により(性質とは遺伝を重とし教育にもよるべし)二は其習慣により(習慣とは不適当なる文字なれども幼児より外部即ち四囲の境遇又は自然の薫陶などにて習慣となりたるなり)三は其境遇による(此境遇とは其慾を充たすべき方法の備はり居ると然らざるなり。例えば金銭或は位置等の如し)此故に同種の慾を備へ居る人間が一様に人と為らぬは其筈の事にて、恰も同一の性質を備へたる尊氏、義貞が地を易ふれば敵となりて相戦ふが如し。
 扨人間は右の如く慾あるものな
前へ 次へ
全12ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
正岡 子規 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング