物榎と聞いたばかりでも身の毛がよだつぢヤないかト黄な蝶は羽を震はしていふた。「だけれど、若しあんな処へ隠れて居ておどかす積りかも知れないと思ふてト少し落ちついた様子だ。やゝ暫し二つで何事か相談して居たが、終につれだちて、野中にある何がし様のお下屋敷の塀の内へ飛んではいつた。お下屋敷の牡丹畠にはおくれ咲の牡丹がところ/\に植ゑてある。向ふの方には舶来の草花らしいのが毒々しい色に咲いて、鉢栽のまゝいくつも片よせられて居る。今年はひイ様が御病気で、牡丹の盛りにもこちらへおいでが無いので、園は少し荒れたまゝ手入せずにある。留守居の人一人と門番の爺さん夫婦としか居らんのでお邸の内はしんと静まつて、丸で明家のやうだ。二つの蝶はこゝへ来ると案内知り顔にあちらの花こちらの花とうれしさうにうかれて居たが、やがて二つは一処に、くれなゐの大輪の牡丹の蘂に、羽をかはしてとまつた。「くたびれて眠くなつたト白い蝶は僅に羽を動かしながらいふた声は眠さうであつた。「もう寐るのト黄な蝶もはや眠りかけて居る。夕日の影は斜に権現の森を掠めて遠くに聞ゆる入相の鐘はあくびするやうに響いて来る。牡丹の花びらは少しづゝ少しづゝつぼ
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