正岡子規

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【テキスト中に現れる記号について】

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(例)[#地から2字上げ]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)オーイ/\ト
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[#地から2字上げ]のぼる
○空はうらゝかに風はあたゝかで、今日は天上に神様だちの舞踏会のあるといふ日の昼過、白い蝶と黄な蝶との二つが余念無く野辺に隠れんぼをして遊んで居る。今度は白い蝶の隠れる番で、白い蝶は百姓家の裏の卯の花垣根に干してある白布の上にちよいととまつて静まつて居ると、黄な蝶はそこらの隅々を探して、釣瓶の中や井の中を見たが何処にも居らんので稍失望した様子であつた。忽ち思ひついたかして彼方の垣の隅へ往て葵の花を上から下へ一々に覗いても矢張こゝにも居らんので、仕方無しにもとの井戸端に帰らうとして、ふと干し布の上の白い蝶を見つけた。「オヤいやだよ。こんな処に居たのだよト変な調子でいふたので、白い蝶は思はず笑ひ出した。「ほんとに可笑しいよ、お日様の照る処に居るのがきイちやんには見えないのだもの。さア早くお隠れよ。直に見ツけてあげるからト白い蝶はいふたので、黄な蝶も笑ひながら、あちらの木立を指して飛んで往た。暫くして白い蝶は後を追ふて産土神の鳥居迄来て、あたりを見廻して居ると向ふの木の間に、ちらと物影が見えたやうであつた。「屹度あの榎のうろの中へ隠れたんだよト独りつぶやきながら、榎の蔭迄来ると、羽音を静めて、あべこべにおどかしてやらうと思ふて、うろへはいるや否や、大きな声で、「とートいふた。すると、神鳴のやうな声で、「誰だよ、出し抜けに大きな声をしやアがるのはトいふのを見ると目に余るやうな山女郎であつた。白い蝶は肝を潰して真青になつて後も見ずに逃げ出したが、空を飛んでは追ひつかれると思ふて、成るたけ刺の多い草むらの間をくゞりくゞり逃げた。黄な蝶は薊の葉裏に隠れて居たが、白い蝶の事ありげにあわてゝ飛んで往くのを見て、後から追ひかけた。「オーイ/\トいふて呼ぶといよ/\あわてゝ逃げるやうなので、「あたいだよあたいだよト続け様に呼んだら、やう/\聞えたか後ふり向いて息をはづませて居る。「どうしたのだよトいふと、「なに、山女郎が追つかけると思ふてト前の一伍一什を話した。「それではあの化物榎なの。あんな処へあたいが隠れて居ると思ふたの。化
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