外は新らしき語を用いず、『万葉』にありふれたる趣のほかは新しき趣を求めず、かくのごとくにして作り得たる陳腐なる歌を挙げ、自ら万葉調なりという、こは『万葉』の形を模して『万葉』の精神を失えるものなり。『万葉』の作者が歌を作るは用語に制限あるにあらず、趣向に定規あるにあらず、あらゆる語を用いて趣向を詠みたるものすなわち『万葉』なり。曙覧が新言語を用い新趣味を詠じ毫《ごう》も古格旧例に拘泥せざりしは、なかなかに『万葉』の精神を得たるものにして、『古今集』以下の自ら画して小区域に局促《きょくそく》たりしと同日に語るべきにあらず。ただ歌全体の調子において曙覧はついに『万葉』に及ばず、実朝に劣りたり。惜《おし》むべき彼は完全なる歌人たるあたわざりき。
 曙覧の歌の調子につきて例を挙げて論ぜんか。前に示したる鉱山の歌のごときは調子ほぼととのいたり、されどこれほどにととのいたるは集中多く見るべからず、ましてこれより勝りたるはほとんどあるなし。
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書中乾胡蝶《しょちゅうのからこちょう》
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からになる蝶には大和魂を招きよすべきすべもあらじかし
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 結句字余りのところ『万葉』を学びたれど勢《いきおい》抜けて一首を結ぶに力弱し。『万葉』の「うれむぞこれが生返るべき」などいえるに比すれば句勢に霄壌《しょうじょう》の差あり。
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緇素月見《しそつきをみる》
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樒《しきみ》つみ鷹《たか》すゑ道をかへゆけど見るは一つの野路の月影
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 この歌は『古今』よりも劣りたる調子なり。かくのごとき理屈の歌は「月を見る」というような尋常の句法を用いて結ぶ方よろし。「見るは月影」と有形物をもって結びたるはなかなかに賤《いや》しく厭《いと》わし。
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あないぶせ銚子《さしなべ》かけてたく藁《わら》のもゆとはなしに煙のみたつ
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「あないぶせ」とかように初《はじめ》に置くこと感情の順序に戻《もと》りて悪し。『万葉』にてはかくいわず。全くこの語を廃するか、しからざれば「煙立ついぶせ」などように終りに置くべし。下二句の言い様も俗なり。
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賤家《しずがいえ》這入《はいり》せばめて物ううる畑のめぐりのほほづきの色
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 この歌は酸漿《ほおずき》を主として詠みし歌なれば一、二、三、四の句皆一気|呵成《かせい》的にものせざるべからず。しかるにこの歌の上半は趣向も混雑しかつ「せばめて」などいう曲折せる語もあり、かたがたもって「ほほづきの色」という結句を弱からしむ。
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よそありきしつつ帰ればさびしげになりてひをけのすわりをる哉《かな》
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 句法のたるみたる様、西行の歌に似たり。「さびしげになりて」という続きも拙く「すわりをるかな」のたるみたるは論なし。「なりて」の語をやめて代りに「火桶《ひおけ》」の形容詞など置くべく、結句は「火桶すわりをる」のごとき句法を用うるか、または「○○すわりをる」「すわり○○をる」のごとく結びて「哉」を除くべし。
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かつふれて巌《いわお》の角に怒りたるおとなひすごき山の滝つせ
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 この歌は滝の勢《いきおい》を詠みたるものにて、言葉にては「怒りたる」が主眼なり。さるを第三句に主眼を置きしゆえ結末弱くなりて振わず。「怒り落つる滝」などと結ぶが善し。
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島崎土夫主《しまざきつちおぬし》の軍人《いくさびと》の中にあるに
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妹が手にかはる甲《よろい》の袖《そで》まくら寝られぬ耳に聞くや夜嵐《よあらし》
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 上三句重く下二句軽く、瓢《ひさご》を倒《さかしま》にしたるの感あり。ことに第四句力弱し。
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狛君《こまぎみ》の別墅《べっしょ》二楽亭
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広き水真砂のつらに見る庭のながめを曳《ひき》て山も連なる
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 前の歌と同じ調子、同じ非難なり。[#地付き]〔『日本』明治三十二年四月二十二日〕

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酔人の水にうちいるる石つぶてかひなきわざに臂《ひじ》を張る哉
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 これも上三句重く下二句軽し。曙覧の歌は多くこの頭重脚軽《とうじゅうきゃくけい》の病あり。
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宰相君《さいしょうのきみ》よりたけを賜はらせけるに
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秋の香をひろげたてつる松のかさいただきまつるもろ手ささげて
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 これも前の歌と同
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