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※[#「虫+乍」、第4水準2−87−38]※[#「虫+孟」、271−12]《いなごまろ》うるさく出《いで》てとぶ秋のひよりよろこび人豆を打つ
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酉《とり》(詠十二時《じゅうにじをよむ》の内)
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夕貌《ゆうがお》の花しらじらと咲めぐる賤《しず》が伏屋《ふせや》に馬洗ひをり
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松戸《まつのと》にて口よりいづるままに(録二)
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ふくろふの糊《のり》すりおけと呼ぶ声に衣《きぬ》ときはなち妹は夜ふかす
こぼれ糸|※[#「糸+麗」、第4水準2−84−64]《さで》につくりて魚とると二郎《じろう》太郎《たろう》三郎《さぶろう》川に日くらす
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行路雨《こうろのあめ》
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雨ふれば泥|踏《ふみ》なづむ大津道《おおつみち》我に馬ありめさね旅人
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古寺雨《こじのあめ》
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風まじり雨ふる寺の犬ふせぎしぶきのぬれにうつるみあかし
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寒灯
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ともすれば沈《しずむ》灯火《ともしび》かきかきて苧《お》をうむ窓に霰《あられ》うつ声
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砂月涼《さげつすずし》
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そとの浜|千《ち》さとの目路《めじ》に塵《ちり》をなみすずしさ広き砂上《すなのうえ》の月
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薔薇《そうび》
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羽ならす蜂あたたかに見なさるる窓をうづめて咲くさうびかな
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題しらず
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雲ならで通はぬ峰の石陰《いわかげ》に神世のにほひ吐く草花《くさのはな》
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歌会の様よめる中に(録五)
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人麻呂の御像《みかた》のまへに机すゑ灯《ともしび》かかげ御酒《みき》そなへおく
設け題よみてもてくる歌どもを神の御前にならべもてゆく
ことごとく歌よみいでし顔を見てやをら晩食《ゆうげ》の折敷《おしき》ならぶる
汁|食《めせ》とすすめめぐりてとぼしたる火もきえぬべく人|突《つき》あたる
戸をあけて還る人々雪しろくたまれりといひてわびわびぞ行《ゆく》
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初午詣《はつうまもうで》
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稲荷坂見あぐる朱《あけ》の大鳥居ゆり動《うごか》して人のぼり来る
[#ここで字下げ終わり]
「設け題」「探り題」「あき米櫃」「饅頭を頬ばる」「笑ひかたりて腹をよる」「畳かず狸のものの広さにて」「二郎太郎三郎」など思うに任せて新語新句をはばかり気もなく使いたるのみならず、「人豆を打つ[#「人豆を打つ」に白丸傍点]」「涼しさ広き[#「涼しさ広き」に白丸傍点]」「窓をうづめてさく薔薇[#「窓をうづめてさく薔薇」に白丸傍点]」などいうがごとく、詩または俳句には用うれど、歌にはいまだ用いざる新句法をも用いたるはその見識の凡《ぼん》ならぬを見るべし。「神代のにほひ吐く草の花」といえる歌は彼の神明的理想を現したるものにて、この種の思想が日本の歌人に乏しかりしは論を竢《ま》たず。(曙覧の理想も常にこの極処に触れしにあらず)一般に天然に対する歌人の観察は極めて皮相的にして花は「におう」と詠み、月は「清し」と詠み、鳥は「啼《な》く」、とのみ詠むのほか、花のうつくしさ、月の清さ、鳥の啼く声をしみじみと身にしめて感じたる後に詠むということなければ、変化のなきのみか、その景象を明瞭《めいりょう》に眼前に浮《うか》ばしむることは絶えてあるなし。曙覧の叙景法を見るにしからず。例えば「赤きもみぢに霜ふりて」「霜の上に冬木の影をうす黒くうつして」と詠めるがごとき、「もみぢ」の上に「赤き」という形容語を冠《かぶ》せ、「影」の下に「うす黒き」という形容語を添えて、ことさらに重複せしめたるは、霜の白さを強く現さんとの工夫なり。その成功はともかくも、その著眼《ちゃくがん》の高きことは争うべからず。
 曙覧は擬古の歌も詠み、新様《しんよう》の歌も詠み、慷慨《こうがい》激烈の歌も詠み、和暢平遠《わちょうへいえん》の歌も詠み、家屋の内をも歌に詠み、広野の外をも歌に詠み、高山彦九郎《たかやまひこくろう》をも詠み、御魚屋八兵衛《おさかなやはちべえ》をも詠み、侠家《きょうか》の雪も詠み、妓院《ぎいん》の雪も詠み、蟻《あり》も詠み、虱《しらみ》も詠み、書中の胡蝶《こちょう》も詠み、窓外の鬼神も詠み、饅頭も詠み、杓子《しゃくし》も詠む。見るところ聞くところ触るるところことごとく三十一字中に収めざるなし。曙覧の歌想豊富なるは単調なる『万葉』の及ぶところにあらず。[#地付き]〔『日本』明治三十二年四月九日〕

 世に『万葉』を模せんとする者あり、『万葉』に用いし語の
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