にありて「机に千文《ちぶみ》八百文《やおぶみ》堆《うずたか》く載せ」たりという一事はこれを証して余りあるべし。その敬神|尊王《そんのう》の主義を現したる歌の中に
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高山彦九郎正之
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大御門《おおみかど》そのかたむきて橋上に頂根《うなね》突《つき》けむ真心《まごころ》たふと
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をりにふれてよみつづけける(録一)
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吹風《ふくかぜ》の目にこそ見えぬ神々は此《この》天地《あめつち》にかむづまります
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独楽※[#「口+金」、第3水準1−15−5](録二)
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たのしみは戎夷《えみし》よろこぶ世の中に皇国《みくに》忘れぬ人を見るとき
たのしみは鈴屋大人《すずのやうし》の後に生れその御諭《みさとし》をうくる思ふ時
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赤心報国《せきしんもてくににむくゆ》(録一)
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国汚す奴《やっこ》あらばと太刀|抜《ぬき》て仇《あだ》にもあらぬ壁に物いふ
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示人《ひとにしめす》(録一)
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天皇《すめらぎ》は神にしますぞ天皇の勅《ちょく》としいはばかしこみまつれ
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極めて安心に極めて平和なる曙覧も一たび国体の上に想い到る時は満腔《まんこう》の熱血を灑《そそ》ぎて敬神の歌を作り不平の吟をなす。慷慨淋漓《こうがいりんり》、筆、剣のごとし。また平日の貧曙覧に非ず。彼がわずかに王政維新の盛典に逢《あ》うを得たるはいかばかりうれしかりけむ。
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慶応四年春、浪華に
行幸あるに吾《わが》
宰相君《さいしょうのきみ》御供仕《おんともし》たまへる御とも仕《つこう》まつりに、上月景光主《こうづきかげみつぬし》のめされてはるばるのぼりけるうまのはなむけに
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天皇の御《み》さきつかへてたづがねののどかにすらん難波津に行《ゆけ》
すめらぎの稀《まれ》の行幸《いでまし》御供《みとも》する君のさきはひ我もよろこぶ
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天使のはろばろ下りたまへりける、あやしきしはぶるひ人《びと》どもあつまりゐる中にうちまじりつつ御けしきをがみ見まつる
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隠士も市の大路に匍匐《はらばい》ならびをろがみ奉《まつ》る雲の上人
天皇の大御使《おおみつかい》と聞くからにはるかにをがむ膝をり伏せて
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勅使をさえかしこがりて匍匐《はらば》いおろがむ彼をして、一たび二重橋下に鳳輦《ほうれん》を拝するを得せしめざりしは返すがえすも遺憾《いかん》のことなり。
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都にのぼりて
大行《たいこう》天皇の御はふりの御わざはてにけるまたの日、泉涌寺《せんにゅうじ》に詣《もうで》たりけるに、きのふの御わざのなごりなべて仏さまに物したまへる御ありさまにうち見奉られけるを畏《かしこ》けれどうれはしく思ひまつりて
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ゆゆしくも仏の道にひき入るる大御車《おおみくるま》のうしや世の中
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曙覧は王政維新の名を聞きて、その実を見るに及ばざりしなり。
[#地付き]〔『日本』明治三十二年三月二十四日〕
社会の一貧民としての曙覧、日本国民の一人としての曙覧は、臆測ながらにほぼこれを尽せり。ここより歌人としての曙覧につきて少しく評するところあらんとす。
曙覧の歌は比較的に何集の歌に最も似たりやと問わば、我れも人も一斉に『万葉』に似たりと答えん。彼が『古今』、『新古今』を学ばずして『万葉』を学びたる卓見はわが第一に賞揚せんとするところなり。彼が『万葉』を学んで比較的|善《よ》くこれを模し得たる伎倆《ぎりょう》はわが第二に賞揚せんとするところなり。そもそも歌の腐敗は『古今集』に始まり足利時代に至ってその極点に達したるを、真淵《まぶち》ら一派古学を闢《ひら》き『万葉』を解きようやく一縷《いちる》の生命を繋《つな》ぎ得たり。されど真淵一派は『万葉』を解きて『万葉』を解かず、口には『万葉』をたたえながらおのが歌は『古今』以下の俗調を学ぶがごときトンチンカンを演出して笑《わらい》を後世に貽《のこ》したるのみ。『万葉』が遥《はるか》に他集に抽《ぬき》んでたるは論を待たず。その抽んでたる所以《ゆえん》は、他集の歌が豪《ごう》も作者の感情を現し得ざるに反し、『万葉』の歌は善くこれを現したるにあり。他集が感情を現し得ざるは感情をありのままに写さざるがためにして、『万葉』がこれを現し得たるはこれをありのままに写したるがためなり。曙覧の歌に曰く
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いつはりのたくみをいふな誠だにさぐれば歌はやすからむもの
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「いつ
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