の川口に近き処を描き出した。見た事はないが揚子江であろうと思うような処であった。その広い川に小舟が一艘《いっそう》浮いて居る。勿論月夜の景で、波は月に映じてきらきらとして居る。昼のように明るい。それで遠くに居る小舟まで見えるので、さてその小舟が段々遠ざかって終に見えなくなったという事を句にしようと思うたが出来ぬ。しかしまだ小舟はなくならんので、ふわふわと浮いて居る様が見える。天上の舟の如しという趣がある。けれども天上の舟というような理想的の形容は写実には禁物だから外の事を考えたがとかくその感じが離れぬ。やがて「酒載せてただよふ舟の月見かな」と出来た。これが(後で見るとひどい句であるけれど)その時はいくらか句になって居るように思われて、満足はしないが、これに定《き》みょうかとも思うた。実は考えくたびれたのだ。が、思うて見ると、先日の会に月という題があって、考えもしないで「鎌倉や畠の上の月一つ」という句が出来た。素人臭い句ではあるが「酒載せて」の句よりは善いようだ。これほど考えて見ながら運坐《うんざ》の句よりも悪いとは余り残念だからまた考えはじめた。この時験温器を挟んで居る事を思い出したか
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