句にならぬので、とうとう森の中の小道へ這入り込んだ。そうすると杉の枝が天を蔽《おお》うて居るので、月の光は点のように外に漏《も》れぬから、暗い道ではあるが、忽ち杉の木の隙間《すきま》があって畳一枚ほど明るく照って居る。こんな考から「ところどころ月漏る杉の小道かな」とやったが、余り平凡なのに自ら驚いて、三たび森沿い小道に出て来た。此度は田舎祭の帰りのような心持がした。もぶり鮓《ずし》の竹皮包みを手拭《てぬぐい》にてしばりたるがまさに抜け落ちんとするを平気にて提げ、大分酔がまわったという見えで千鳥足おぼつかなく、例の通り木の影を踏んで走行《ある》いて居る。左側を見渡すと限りもなく広い田の稲は黄色に実りて月が明るく照して居るから、静かな中に稲穂が少しばかり揺《ゆ》れて居るのも見えるようだ。いい感じがした。しかし考が広くなって、つかまえ処がないから、句になろうともせぬ。そこで自分に返りて考えて見た。考えて見ると今まで木の影を離れる事が出来ぬので同じ小道を往たり来たりして居る、まるで狐に化《ばか》されたようであったという事が分った。今は思いきって森を離れて水辺に行く事にした。
 海のような広い川
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