時鳥
ある時は空を行きけり水すまし
提灯をふつて蚤とるかごや哉

【待戀】
灯ともして又夏虫をまつ夜哉

【歸郷】
故郷へ入る夜は月よほとゝきす
墓拜む間《ヒマ》を籔蚊の命哉

【述懷】
水無月の虚空に涼し時鳥

【殺生戒】
蠅憎し打つ氣になればよりつかず
叩けとて水鷄にとさすいほり哉
枝川や立ち別れ鳴く行※[#「※」は「二の字点」、第3水準1−2−22、82−12]子
剖葦の聲の嵐や捨小舟
よしきりの聲につゝこむ小舟哉
靜かさに地をすつてとぶ螢かな
淋しさにころげて見るや蝉の殼
さかしまに殘る力や蝉のから
晝の蚊やぐつとくひ入る一思ひ
時鳥御目はさめて候か
松の木にすうと入りけり閑子鳥
しん/\と泉わきけり閑子鳥
ちい/\と絶え入る聲や練雲雀
時鳥鳴くやどこぞに晝の月
時鳥不二の雪まだ六合目
時鳥上野を戻る※[#「※」は「さんずい+氣」、第4水準2−79−6、83−10]車の音
蝙蝠や又束髮のまぎれ行く

【義安寺】
山門に螢逃げこむしまり哉
杉谷や山三方にほとゝぎす
新場処や紙つきやめばなく水※[#「※」は「奚+隹」、第3水準1−93−66、83−15]

【聖徳太子碑】
いしぶみの跡に啼けり閑子鳥

【惠原】
宵月や蝙蝠つかむ豆狸
時鳥けふは聾の婆※[#「※」は「二の字点」、第3水準1−2−22、84−5]一人
初松魚引さげて行く兎唇哉
なめくぢの梦見てぬぐや蛇の皮
島原や草の中なる時鳥
足六つ不足もなしに蝉の殼
此頃の牡丹の天や時鳥
此頃は居らなくなりぬ蝸牛
行列の空よこぎるや時鳥

【乞食】
ひだるさに寐られぬ夜半や鵑
燒けしぬるおのが思ひや灯取虫
見ン事に命すてけり初松魚
郭公太閤樣をぢらしけり
蝙蝠やぬす人屋敷塀もなし
頬杖の鐵扇いたし時鳥
幾人の命とりけんほとゝきす
飛び/\に闇を縫ひけり時鳥
あはれさやらんぷを辷る灯取虫
九段阪魂祭るころの時鳥
一聲や捨子の上の時鳥
子になつて浮巣は月に流れけり
宵闇や月を吐き出す蟇の口
鰹くふ人にもあらす松魚賣
螢から螢へ風のうつりけり
吹き亂す花の中より子規
茄子にも瓜にもつかず時鳥
花も月も見しらぬ蝉のかしましき
大釜の底をはひけり蝸牛
蝙蝠や闇を尋ねていそがしき
古壁の隅に動かずはらみ蜘
孑孑の藪蚊見送る別れ哉
時鳥右の耳より左より
挑灯の次第に遠し時鳥
蚊の聲は床のあやめに群れにけり
蠅逃げて馬より牛にうつりけり
大螢ふわ/\として風低し
行燈の丁子よあすは初松魚

夏 植物

【美人圖】
抱起す手に紫陽花のこほれけり

【悼亡】
葉櫻とよびかへられしさくら哉
燕や白壁見えて麥の秋
葉さくらや折殘されて一茂り
卯の花に雲のはなれし夜明哉
植木屋の門口狹き牡丹哉
淀川や一すぢ引て燕子花
金箱のうなりに開く牡丹哉
たそかれや御馬先の杜若
つる/\と水玉のぼる早苗哉
白牡丹ある夜の月に崩れけり
竹の子にかならずや根の一くねり
板繪馬のごふんはげたり夏木立
若竹や雀たわめてつくは山
けしの花餘り坊主になり易き
卯の花にかくるゝ庵の夜明哉
初瓜やまだこびりつく花の形

【青桐虚子同寫の寫眞に題す】
思ひよる姿やあやめかきつはた
麥わらの帽子に杉の落は哉
岩陰や水にかたよる椎のはな
咲てから又撫し子のやせにけり
おしあふて又卯の花の咲きこぼれ
鼓鳴る能樂堂の若葉かな

【送別】
手ばなせは又萍の流れけり

【ある人の山路にて強盜に逢ひたるに】
卯の花に白波さわぐ山路哉
なてし子のこげて其まゝ咲にけり
撫し子を横にくはへし野馬哉
なてしこの小石ましりに咲にけり
撫子を折る旅人もなかりけり
ひる※[#「※」は「白+はち」、第3水準1−14−51、89−2]に雨のあとなき砂路哉
すてられて又さく花や杜若
藻を刈るや螢はひ出る舟の端 一作 藻を刈てはひでる舟の螢哉
[#「一作 藻を刈てはひでる舟の螢哉」は「藻を刈るや螢はひ出る舟の端」の下にポイントを下げて2行で]
紫陽花や花さき重り垂れ重り
押あけてあぢさいこぼす戸びら哉
あぢさいや一かたまりの露の音
※[#「※」は「さんずい+氣」、第4水準2−79−6、89−8]車道にそふて咲けりけしの花
石菖に雫の白し初月夜
晝※[#「※」は「白+はち」、第3水準1−14−51、89−10]の物干竿を上りけり
萍の茨の枝にかゝりけり
萍に乘てながるゝ小海老哉
萍の心まかせに流れけり
      を如何
[#「を如何」は「に流」の左側に注記するような形で]
萍に思ふことなき早瀬かな
浮草を上へ/\と嵐哉
うき草の月とほりこす流哉
河骨にわりなき莖の太さ哉
玉卷の葛や裏葉のちなみもまだ
河骨の横にながれて咲にけり
白蓮の中に灯ともす青さ哉
紫陽花にあやしき蝶のはなだ哉
あぢさいや神の灯深き竹の奧
花の皆青梅になる若木かな
青梅の落て拾はぬあき家哉

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