五年 夏 時候 人事

どんよりと青葉にひかる卯月哉
金春《コンハル》や三味の袋も衣かへ
女房のとかくおくれる田植哉

【灌佛】
※[#「※」は「「韓」のへん+「礼」のつくり」、64−6]坤をこねて見たれは佛かな
ちりこんだ杉の落葉や心ふと
ふんどしのいろさま/\や夕すゝみ
松原へ雪投げつけんふし詣
大川へ田舟押し出すすゝみ哉
一つつゝ流れ行きけり涼み舟
のりあげた舟に汐まつ涼み哉
氷室守花の都へといそき候
初産の髮みだしたる暑さ哉
松の木に吹つけらるゝ火串哉
ともし見て恐ろしき夜の嵐哉
夏やせの歌かきつける團扇哉
身動きに蠅のむらたつひるね哉
傘張は傘の陰なる晝寐かな
涼み場をこじきのしめる晝ね哉
花嫁の笠きて簔きて田植哉
涼しさや又川蝉の杭うつり
夏やせを肌みせぬ妹の思ひかな
留守の家にひとり燃たる蚊遣哉
夕風に疊はひ行く蚊やり哉
涼しさや眞桑投こむ水の音

【送別】
涼しさを手と手に放つ別れ哉
すゝしさやつられた龜のそら泳き
きぬ/\の朝ひやつくや竹婦人
竹奴梦に七賢と遊ひけり

【布袋螢狩の圖】
螢狩袋の中の闇夜かな

【訪得知翁】
涼しさや兩手になでる雪の鬚

【歸省】
母親に夏やせかくす團扇かな
ぬけ裏《ウラ》をぬけて川べのすゞみかな
烏帽子着て加茂の宮守涼みけり
早乙女やとる手かゝる手ひまもなき
さをとめのあやめを拔て戻りけり
早をと女に夏痩のなきたうとさよ
涼しさや闇のかたなる瀧の音

【京東山】
どこ見ても涼し神の灯佛の灯
すゝしさや笘舟笘を取はつし
一村は木の間にこもる卯月哉
虫干の塵や百年二百年
神に燈をあげて戻りの涼み哉
涼しさや客もあるじも眞裸
涼しさや音に立ちよる水車
涼しさや友よぶ蜑の磯づたひ
姫杉の眞赤に枯れしあつさ哉
松の木をぐるり/\と涼み哉
いさかひのくづれて門の涼み哉
梅干の雫もよわるあつさ哉
梅干や夕がほひらく屋根の上
雨乞や天にひゞけと打つ大鼓
雨乞や次第に近き雲の脚
打水やまだ夕立の足らぬ町

【鎌倉展覽會】
土用干うその鎧もならびけり
立よりて杉の皮はぐ涼み哉

【鎌倉大佛】
大佛にはらわたのなき涼しさよ

【稻村崎】
涼しさに海へなげこむ扇かな

【鎌倉宮土牢】
夏やせの御姿見ゆるくらさ哉
鎌倉は何とうたふか田植哥
涼しさに瓜ぬす人と話しけり
薄くらき奧に米つくあつさ哉
虫干や花見月見の衣の數
出陣に似たる日もあり土用干
松陰に蚤とる僧のすゞみ哉
早乙女の名を落しけり田草取
我先に穗に出て田草ぬかれけり
折々は田螺にぎりつ田草取

【邪淫戒】
早乙女の戀するひまもなかりけり

【飮酒戒】
灌佛や酒のみさうな※[#「※」は「白+はち」、第3水準1−14−51、69−9]はなし
短夜は柳に足らぬつゝみ哉
一夜さは物も思ふて秋近し
朝顏の朝/\咲て秋近し
日ざかりに泡のわきたつ小溝哉
朝※[#「※」は「白+はち」、第3水準1−14−51、69−14]のつるさき秋に屆きけり
夏痩をすなはち戀のはじめ哉
夏痩をなでつさすりつ一人哉
面白う紙帳をめぐる蚊遣哉
人形の鉾にゆらめくいさみ哉
籠枕頭の下に夜は明けぬ
蚊の口もまじりて赤き汗疣哉
川狩にふみこまれたる眞菰哉
御祓してはじめて夏のをしき哉
若殿の庖刀取て沖鱠
はね鯛を取て押えて沖鱠

【久松伯の歸京を送りまゐらせて】
波風や涼しき程に吹き申せ

【身内の老幼男女打ちつどひて】
鯛鮓や一門三十五六人
玉章を門でうけとる涼み哉
とも綱に蜑の子ならぶ游泳《オヨギ》哉
ぬれ髮を木陰にさばくおよぎ哉
藍刈や一里四方に木も見えす
藍刈るや誰が行末の紺しぼり
玉卷の芭蕉ゆるみし暑さ哉

【古白の女人形に題す】
汗かゝぬ女の肌の涼しさよ
溝川に小鮒ふまへし涼み哉
涼しさや花火ちりこむ水の音
夏やせの腮にいたし笠の紐
牛の尾の力も弱るあつさ哉
涼しさや風にさばける繩簾
おそろしや闇に亂るゝ鵜の篝
烟草のむひま旅人も來て早苗とれ
吸殼の水に音ある涼み哉
若竹や色もちあふて青簾
紫陽花に吸ひこむ松の雫哉
紫陽花にかぶせかゝるや今年竹
はら/\と風にはちくや鵜の篝
短夜や砂土手いそぐ小提灯
三津口を又一人行く袷哉
囚人の鎖ひきずるあつさ哉

【小栗神社】
朝夕に神きこしめす田歌かな

【永田村】
秋近き窓のながめや小富士松
涼しさや馬も海向く淡井阪
萱町や裏へまはれば青簾
蚊遣たく烟の中や垣生今津
打ちわくる水や一番二番町

【松山】
※[#「※」は「姉」の本字。第3水準1−85−57の木へんに代えて女へん。73−1]が織り妹が縫ふて更衣
垣ごしや隣へくばる小鰺鮓
聾の拍子はづれや田植歌
飛び下りた梦も見る也不二詣
早少女の昔をかたれ小傾城
帷子や蝙蝠傘のかいき裏
陣笠を着た人もある田植哉
涼しさや母呂にかくるゝ後影
ふんどしも白うなりけり衣がへ
白無垢の一
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