何々ぞ。南受けたる坐敷の庭には百年をも過ぎたらん桜の樹はびこりて庭半ばを掩《おお》ひたり。花|稀《まれ》なる田舎には珍らしき大木なれば弥生《やよい》の盛りには路行く人足をとどめて、かにかくと評しあへるを、われはひそかに聴きていと嬉しく思ひぬ。やからうからうち寄りて花の下に酒もりするもまた栄ある心地す。桜の下に石榴《ざくろ》あり。花石榴とて花はやや大きく八重にして実を結ばず。その下の垣根極めて暗き処に木瓜《ぼけ》一もとあり。一尺ばかりに生ひたれど日あたらねば花少く、ある年は二つ三つ咲く、ある年は咲かず。たまたま咲きたるはいとゆかしかりき。椿《つばき》あり、つつじあり、白丁《はくちょう》あり、サフランあり、黄水仙《きずいせん》あり、手水鉢《ちょうずばち》の下に玉簪花《たまのかんざし》あり、庭の隅に瓦《かわら》のほこらを祭りてゴサン竹の藪あり、その下にはアヤメ、シヤガなど咲きて土常に湿《うるお》へり。書斎の前の蘭は自ら土手より掘り来りて植ゑしもの。厠《かわや》のうしろには山吹《やまぶき》と石蕗《つわぶき》と相向へり。踏石の根にカタバミの咲きたるも心にとまりたり。
北庭は狭くしてセンツバ(草
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