下流とは思ひ難けれ。筒井づつのむかしふりわけ髪を風に吹かせて竹馬などに打ち乗り山を攀ぢ石に上りわめき叫んで遊びくらせし故郷の友どちを十年あまりの後にあひ見れば顔かたちよりなりふりまで尽くおとなびてとみには其人と思ひ得難き心地ぞする。舟は矢を射るが如く移り行く両岸の景色に興を催す折柄木曾河第一の難所にかゝりたり。渦巻く波忽然と舟の横腹を打ちて動揺するにまづ肝潰れてあなやと見れば舟は全く横ざまに向き直り船頭親子は舟の両端にありて櫓をあやつる。やう/\にここを過ぐれば河流直角に曲るに舟は向ふの岸に突き当らんず勢なり。そを曲げて舟を転ずればまたかなたの岸辺に屹立する大岩石正面に来れり。岩の上に小さきほこらあるは此下にて死する人多きが為なりといふ。如何になるらんと心をなやます内に舟は逆巻く奔流を押しきつて稍々河幅濶くなれば一群の人河原に立ちてがや/\と騒ぐさまなり。船頭舟を寄せて何ぞと問へばきのふも上の瀬にて何其の舟覆りあへなく死したるが死骸今に知れず。若し川下に心あたりありたらば告げ知らせてよ。何がしに逢ひなば此話言づて給へなど云ふに舟に乗りたるもの皆顔を青くして身ぶるひしけり。再び纜を解けば
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