あきまろに答ふ
正岡子規

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)有無《うむ》を

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)「も」の字|尽《ことごと》く

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)益※[#二の字点、1−2−22]
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「も」の字につきて質問に御答申候。「も」の字は元来理窟的の言葉にて、俳句などにては「も」の字の有無《うむ》を以て月並的俗句なるか否かを判ずる事さへある位に候へども、さりとて「も」の字|尽《ことごと》く理窟なるにも無之候。拙作に対する質問に答へんは弁護がましく聞えて心苦しき限りながら、議論は議論にて巧拙の評にあらねば愚意|試《こころみ》に可申述《もうしのぶべく》候。
「も」の字にも種類ありて「桜の影を踏む人もなし」「人も来ず春行く庭の」「屍《かばね》をさむる人もなし」などいへる「も」は殆《ほとん》ど意味なき「も」にて「人なし」「人来ず」といへると大差なければ理窟をば含まず、また「梅咲きぬ鮎《あゆ》ものぼりぬ」の「も」は梅と鮎とを相並べていふ者なればこれも理窟には相成不申候。実朝《さねとも》の「四方《よも》の獣《けだもの》すらだにも」はやや理窟めきて聞ゆる「も」にて「老い行く鷹《たか》の羽ばたきもせず」「あら鷹も君が御鳥屋《みとや》に」の二つはややこれに似たる者に有之候。その理窟めきて聞ゆるは二事二物を相対して言ふ意味ながら、一事一物をのみ現し他を略したるがためにして、例へば獣だに子を思ふといふはまして人は子を思ふといふことを含み、羽ばたきもせずといふはまして飛び去らんともせずといふことを含み、あら鷹もといふはその外の鷹もといふ意を含むが如き者に候。しかしこの獣の歌も鷹の歌も全体理窟づめにしたる歌には無之、悲哀感慨を述べたる者と見て差支《さしつかえ》なかるべく候。(羽ばたきもせずの歌やや理窟めきたるは「ほだしにて」の語あるがためにして「も」の論とは異なり)
 歌につきても今まで大体を示すに忙しく細論するの機なく候処、「も」の字の実地論出で候まま「理窟」といふことをここに詳述可致候。心理学者が普通にいふ如く心の働きを智情意の三に分てば、前日来「歌は感情的ならざるべからず」などいひし感情とはこの「情」の一部分に
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