た。アリスが溺死《できし》したとみると、ブラドンはそっと部屋へ帰って、買ってあった鶏卵を六個その商店の紙袋に入れたたまま抱えてたれにも見られないように表玄関からコッカア街の通りへ出た。
 その時、浴室の真下の台所でクロスレイ夫人を中心に食事をしていた連中は、天井から湯が洩《も》って、壁を伝わって流れ落ちてくるので、大騒ぎになっていた。ブラドン夫人が湯の栓を出しっ放しにして、浴槽から溢《あふ》れ出ているに相違ない。夫人に注意しようというので、口々に大声に呼ばわっているところへ、裏口の戸を開けて、ブラドンが台所へはいって来た。彼は、翌日の朝飯の用意に、いま買って来たところだといって、抱えている商店の紙ぶくろから鶏卵を六個出して見せたりした。いそいで歩いて来たとみえて、赤い顔をして、呼吸を弾《はず》ませていた。そして、鶏卵の値がさがったなどと無駄話をはじめたが、二階の浴室から湯が滴《したた》り落ちて一同が立ち騒いでいるので、彼は急いで二階へ駈け上りながら、階段の中途から大声に叫んだ。
「アリス、お湯がこぼれてるじゃないか。」
 ブラドンはちょっと部屋を覗《のぞ》いてから、浴室へはいって行った
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