かと思うと、すぐ飛び出して来て、ブラドン夫人が浴槽に「死んだように」なっているから、至急ビリング医師を呼んでくれるようにと、階段の上から喚《わめ》いた。医者はすぐ来た。クロスレイ夫人の案内で浴室へはいって行くと、ブラドンが浴槽内の妻の身体を凝視《みつ》めて放心したように立っていた。ブラドン夫人は顔の半分を湯の中に漬《つ》けたまま、片手と片脚を浴槽の縁にかけて、ちょうど湯から出ようとして※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36、143−17]《もが》いている姿勢で死んでいた。よほど苦しんだとみえて、夫人は、湯の中で解《と》かれた頭髪を口中いっぱいに飲み込んでしっかり噛《か》んでいた。ビリング医師が一瞥《いちべつ》して施《ほどこ》すべき策のないことをブラドンに告げると、彼は医師に取り縋《すが》って、何度も繰り返した。
「先生、ほんとに駄目でしょうか。なんとかならないでしょうか。」
ビリング医師は威厳をもって答えた。
「お気の毒ですが、手遅れです。こういうことのないように、あれほど御注意申し上げておきました。」
鶏卵を買いに出たという現場不在証明《アリバイ》と、この愁嘆場《しゅうたん
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