ワち転がるように出て来て「驚愕《きょうがく》用」の声で叫んだ。
「来て下さい。家内が――。」
あとは口もきけないといった態《てい》だ。ブラッチ夫人はじめいあわせた下宿人たちが駈け上って見ると顔色を変えたジョン・ロイドが、着衣の濡れるのもかまわず、夢中で浴槽の中の妻の屍《し》体を抱き上げようとしていた。その濡れた女の裸体を湯の中から釣り上げる姿態は、ジョウジ・ジョセフ・スミスとして、彼が長年手がけて来た、古いふるい職業的ポウズであった。マアガレットは湯槽の細くなっている方の底へ鼻を押しつけて、臀《でん》部を湯の上へ突き出して、ちょうど回教徒の礼拝のような恰好《かっこう》で死んでいた。どんな恰好で死のうと When they're dead they're dead.
さっそく呼ばれて来たベイツ医師が、細かく首を振って哀悼《あいとう》の意を表しながら、「ロイドのために」死亡証明のペンを走らせた。自己の過失による浴槽内の溺死の例が、また一つ殖《ふ》えた。風邪《かぜ》を引いて心臓が弱っている時に、熱い湯の中に長く漬《つ》かっていたりするのが悪いのだ。眩暈《めまい》を感じて卒倒したきり、ふたた
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