ドンを、看過《かんか》することはできなかったのだ。ブラドンが下宿を出る時、クロスレイ夫人が面とむかって痛罵《つうば》すると、彼は平然として答えた。
「死んだやつは、死んだやつさ。」
この When they're dead they're dead という、アウネスト・ブラドンことジョウジ・ジョセフ・スミスの言葉は、彼ならびに彼と同型の常習殺人犯の、病的に冷酷な心状を説明する最適の言辞として、いまだに、犯罪研究者の間に記憶されている有名なものである。じつにジョウジ・ジョセフ・スミスは、「一杯の葡萄《ぶどう》酒を傾けるような」日常的な気易さをもって、つぎつぎに花嫁として彼の前に現われる女を殺しまわったのだ。そして一人殺すごとに、彼は内心|呟《つぶや》いたに相違ない。「死んだやつは、死んだやつさ」と。この種の犯罪者は、常にこの徹底した利己観念のうえに立っていて、そのうえ自己の犯罪能力と隠蔽《いんぺい》の技巧を信ずることすこぶる厚いのを特徴とする。したがって殺した方が目的に適《かな》う場合には、みずからを逡巡《しゅんじゅん》や反省なしに平気で殺人を敢行《かんこう》するのである。そして、tha
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