手にすれば、ブラドンは安心できた。アリス・バアナムは、こうして良人《おっと》アウネスト・ブラドンの「涙」のうちに葬《ほうむ》られたのだった。

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 だれ一人ブラドンを疑う者のなかったことは、いうまでもない。ビリング医師はもちろん、クロスレイ夫人も、自分がビリング医師を教えて、ブラドンがそこへアリスを伴《つ》れて行ったことを知っているので、彼らのすべてにとって、ブラドンはたいして悪くもないのに花嫁の健康を気にして医者に見せるほどの、おかしいくらいな、代表的愛妻家でしかなかった。その「愛妻」のアリスを失ったブラドンに下宿じゅうの同情が集まったのは当然だった。
 ところが、アリスの死後、まもなくブラドンの態度が一変してなんら妻の死を悼《いた》むようすがなくなったので、クロスレイ家の人々は、それをぴどく不愉快に思って、排斥《はいせき》の末、彼を下宿から追い出すにいたった。ブラドンはただ真個《ほんと》の彼が出てきたにすぎないのだが、由来、ランカシャアの人は、田舎者の中でも道義感の強い頑固な人たちとなっているので、この、最近死んだ妻のこともけろりと忘れたように陽気にしているブラ
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