束を固めて逸早く本部へ駈けつけて行った。そこから勢ぞろいして火元の湯屋へ繰り出したのだが、その夜は乾いた北西が吹いていて、どうにもならなかった。で、比較的大きくなって明方に及んだ。
ところが、さわぎはこれだけではなかった。というわけは、湯屋の焼跡から二つの焼屍体が発見されたのだった。一つは湯屋の娘おとめちゃんで、他の一つは茂助だった。だから、こうして茂助を殉職消防夫として死後表彰することになったのである。
怪火だった。火の気のあるべきはずのない物置から発火したとあって、放火だろうと警察が活躍していた。おとめちゃんの死んだのは逃げおくれたからで、これは気の毒だがまず致方《いたしかた》ないとしても、茂助は、事実世評のごとくおとめちゃんを助けに這入って死んだものなら、恋仲だろうが何だろうが消防夫として火事で死んだ以上は、町としてうっちゃってはおけない――よろしく町葬にすべし、表彰すべしというので在《ざい》から茂助の伯父伯母を呼んで、ちょうど火事から三日後の今日が、そこでこの茂助の町葬の日なのである。
午後三時、町の有志をはじめ消防夫一同が役場のまえに集って、行列をつくって智行寺《ちぎょうじ》へねりこむことになっている。
いそがないと間にあわない。植峰では、副小頭の峰吉が、お八重を急がせて羽職袴《はおりはかま》をつけていた。縞の銘仙《めいせん》に、紋の直径が二寸もある紋付を着て、下にはあたらしいめりやすが見える。こうして見るとうち[#「うち」に傍点]の人も立派な男ぶりだと思いながら、お八重はうしろから袴の腰板を当てている。そのくせ、弟のように思っていたもす[#「もす」に傍点]さんの葬式だもの、これが泣かずにおられようかといって、眼を真赤にしているのだ。泣きながら、なぜ自分は茂助の子なんか生むようなことになったんだろう。しかし、このおじいさんが茂助のように力づよくあたしを可変がってくれたら――そうだよ、きっとこれからはもっともっと眼をかけてくれるよ。そうしたら、これはおとっつぁんの子なの、えええ、おとっつぁんの子ですともさ――峰吉は火事以来黙ったまんまだ。
「ねえ、おとっつぁん」お八重がいう。「もす[#「もす」に傍点]さんの死んだ時どうだったのさ」
これは何度となくお八重が発した質問である。「なに、何《ど》うだったといったところで」峰吉ははじめて口をひらいた。「おりゃあ見ていたわけじゃねえから――」
「うそ、うそ、うそ! そりゃあうそ[#「うそ」に傍点]だ」
「――?」
「それ御らん。あんた、何も言えないじゃないか」
「それが、だからよ、おりゃあ見てたわけじゃなし――」
「お湯屋のおとめちゃんが死んでお気の毒さま」
「何を言ってるんだ」
「けどねえ、おとめちゃんともす[#「もす」に傍点]さんとは惚れあってた仲なんですからね」
「だからよ。心中だろうってみんなも言ってるじゃねえか。止《よ》せ。面白くもねえ」
「そらね、二人が心中したというと直《す》ぐ怒る」
「てめえこそもす[#「もす」に傍点]のこととなると嫌にしつこいじゃねえか。そのわけをあとで聞くからな、返答を考えとけ」
「わけも何もあるもんか。一つお釜のご飯を食べてた人が死んだんだから――それに、心中でもないものを心中だなんて!」
「こら! 口惜しいかよ、お八重」
「くやしかないさ。口惜しかないけど――おとっつぁんもあんまりじゃないか。死人に口なしだと思って――」
「だからよ、誰も心中だとは言い切ってやしねえ。心中のようなものかも知れないと――」
「ようなものもあるもんか。ふん! 自分が殺しといて」
「これ、お八重、何をいう?」
「おとっつぁんが殺したんだろう?」
「誰をよ?」
「もす[#「もす」に傍点]さんをさ。火をつけたのもおとっつぁんだろう?」
「しょうのねえ女《やつ》だ」
「そら! もうそんな蒼い顔をしてる! ねえ、おとっつぁんが殺したんだ。ほかの人に聞けば、もすさんはあの晩纏いを持ってお湯屋の屋根へ上ってたってけど、梯子がまといを持って屋根へ上るわけはないじゃないか」
「やかましいっ! 纏持ちの源が手に怪我して――」
「うそをお言いでないよ、うそを。あたしはね、源さんにききましたよ。手に怪我をしたのは火事の最中で、最初《はな》行った時に、お前さんが源さんからまといを取って、もす[#「もす」に傍点]さんに渡して、もす[#「もす」に傍点]や、今夜おまえこれを持って俺と一しょに屋根へ来いって――」
「そうよ。そうすると、屋根へ火が抜けたんだ。なあ、見るてえと下におとめちゃんが燃えてる。いいか、よせってのに、もす[#「もす」に傍点]の野郎が覗きこんでて動かねえから、もす[#「もす」に傍点]、さあ来い、下りべえと俺が言った拍子に、あの水だ、滑りやがる――」
「へん! そこを
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