ら省く――驚いたことには、これにはちゃんと船客名簿に載っている人の署名までしてある。かと思うと、家族に宛てた細ごまとした書置き風のもあったが、当局が調査してみると、呆れたことには、この六つが六つとも立派ないんちきだった。好奇な悪戯者が、自分で書いて尤もらしく壜へ入れて持込んだり、或いはそっと海へ流し、人に拾わせて騒ぎを起そうとしたのだった。
要するにワラタ号のことは、あの、二十七日の朝六時に、クラン・マッキンタイア号が前方の水平線下に黒煙を見送って以来、何も判らない。が、二百の人名と夥しい財物を積んでいる一万六千八百噸の船である。解らないがわからないでは済まない。会社の体面もあるし、何とか解釈をつけなくては、遺族へ顔向けも出来ないのだ。そこで、倫敦で船舶局の海事査問が開かれることになって、ワラタ号に対する一般の興味は、また、嫌が上にも掻き立てられた。海事裁判と言っても、生存者も証拠も何ひとつないのだし、それに会社支店の関係者、証人としての他船の船員などは、みな遠く濠洲、南亜から呼ばれて来るので、開廷は延び延びになり、事件後一年半を経た一九一〇年十二月十六日、倫敦のカックストン会館でひ
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