ろに大きな客船の灯を見た。で、二隻の船は、例に依ってモウルス信号灯を掲げて会話を始めようとしたのだがゲルフ号の船橋で信号をしている三等運転士ブランチャアドは、何うしても相手の信号を読み取り得なかった。向うのモウルス・ランプの灯が非常に薄いのである。で、ブランチャアドはこの事を航海日誌にも記さなかったのだが、ナタアル港へ着いてからワラタ号事件のことをきき、思い出してこの事実を報告したのだけれど、これも何うやら、他の船だったらしいと言われている。第一、時間が合わないのである。若しこれがワラタ号だったとすれば、同日午前六時にクラン・マッキンタイア号を追い越してから、その日の夜九時半までに、ワラタは、たった七哩しか前進していない勘定になる。ところがワラタ号は時速平均十三ノットの、当時としては快速船なのだ。尤も、何か機関部の故障で、のろのろ航行していたのかも知れないと考え得られるけれど、それなら、この同じコウスを後から来る例のクラン・マッキンタイア号に追い抜かれなければならない。尠くとも、再び同船の視野に這入っている筈である。

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 客船トテナム S.S Tottenham の二
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