ブルウス船長もそれ切り忘れていたのだが、其の後ワラタの失踪を耳にして、この、実見したところを参考にまでと申出て来た。が、これだけでは如何にも薄弱であり、それに、甚だ矛盾している点が多い。第一、そのハアロウ号の後方に望見された灯が、果してワラタならば、同船は何らかの理由で航路を転じてダアバン港へ引っ返す途にあったものと考えなければならない。そういうこともあり得なくはないけれども、これは矢張り他の船の灯で、そして空高く燃えていた火というのは、一等運転士の言う通り、ヘルメズ岬の野火だったのだろう。海の、殊に、南の夜の海の空気は、様ざまの魔術を起して、経験ある船乗りの眼をさえ、狐につままれたように迷わすことがある。ブルウス船長の眼は、其の時、この、南海の闇夜のマジックにかかって何うかしていたに相違ない。
ゲルフ号―― The Guelph ――という船も、最後にワラタ号を見たと言う。このゲルフ号はユニオン・キャッスルの近海廻りで、二十七日午後九時半――ハアロウ号のブルウス船長が船影らしいものを認めてから三時間余の後――イースト・ランドンに近いフッド岬を去る八哩手前の海上で、約五哩隔たったとこ
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