れの激しいとこに、不安を感じて旅程を変更し、ケエプ・タウン港まで行く筈だったのが、他の便船に依る心算《つもり》で急にダアバン港でワラタを下りた客が一人あった。普段から信神深い人だった――か何うかは知らないが、差詰め夢枕か何かで、神のお告げでもあったのだろう。実に運の好い人で、虫の知らせでこのダアバン、ケエプ・タウン間のワラタ号に乗っていなかったばっかりに助かった訳だが、この人は、幾らか船の知識や経験があったらしく、今も言ったように、濠洲からダアバンまでのワラタの揺れ具合いで、こいつあ危ないと感じたのだ。ほかにも、この前の処女航海に乗った人があちこちに現れて、皆ワラタは「頭の重い」の感じで不安な船だったと口を合わしている。これらが一層覆伏説を裏付けて、ワラタ号は大颶風に捲き込まれて瞬く間にくるりと船底を見せ、海中深く呑まれ去ったもの――という臆説が、先ず満足に近い解決として今日に及んでいるのだが、併し、それにしては、あれだけ長期に亙る大規模の捜査に係らず、船体の破片、船具、荷物、屍体などが、一つとして発見されないのは確かに神秘である。何か漂流しているか、海岸に流れ着くか、兎に角、一万七千
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