た。ヨーロッパへ帰ると同時に、マクリイ卿との結婚生活にも破綻《はたん》が来た。ひとり娘を尼院に預けて、マタ・アリは離婚を取り、当時、大戦という大暴風雨の前の不気味な静寂《せいじゃく》に似た、世紀末的な平和を享楽しつつあったヨーロッパに、自活の道を求めた。
その時のことを、マタ・アリはこう書いている。
「最後にわたしは、インドの祭殿で踊り覚えた舞踊をもって欧州の舞台に立ち、神秘的な東洋のたましいを紹介すべく努めようと決心しました。」
するとベルリン劇場にかかっている時のことである。政府の一高官に依頼されて、宴席の女主人とし、また舞踊家として、ちょうどそのときベルリンに滞在中だったロシア大使を歓待《かんたい》することになった。その目的のために、善美を尽《つく》したドロテイン街の家がマタ・アリに提供されて、彼女も、初めてフォン・リンデン伯爵夫人と名乗り、引き続きその邸《やしき》に住むようになったのだった。
こうして、マタ・アリはいつからともなく、一度内部を覗《のぞ》いたが最後、死によってでなければ出ることを許されない、鉄扉《てっぴ》のようなドイツ密偵機関に把握されている自分を発見したの
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