#「し」に傍点]だ! 早くあの男を返せ。あいつを出せ」
 船員達は船縁《ふなべり》に集って笑い出した。
「し、し、し、し、し」と一人が真似した。
 梯子《ジャコップ》が巻上げられた。
「|皆帰船したか《オウル・アブロウド》?」と舵子長《マスタア》が船橋《ブリッジ》から呶鳴った。「|皆居ます《オウルズ・イン》」と水夫長《ボウシン》が答えた。
 がらん、がらん、と機関室への信号が鳴った。船尾に泡を立てて航進機《スクルウ》が舞い始めた。
 ちりん[#「ちりん」に傍点]、「|部署へ着け《スカタア・ラウンド》!」、水夫達は縦横に走り廻って綱《ロウプ》を投げたり立棒《ピット》を外したりした。二等運転士《セケン・メイト》が船尾へ立った。
「オウライ」
 鎖を巻く起重機《ウインチ》の音と共に諾威《ノルウェー》船ヴィクトル・カレニナ号は岩壁を離れた。
「サヨナラ!」
 船員の一人が桟橋で地団駄踏んでいる刑事に言った。甲板上の笑声は折柄青空を衝《つ》いて鳴った出港笛《ホイッスル》のために掻き消された。

          ※[#ローマ数字2、1−13−22]

 船長《キャプテン》の前で一等運転士の作っ
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