おどろ》いた――或いはそう見えた――のが為吉であった。
「それは真実《ほんとう》ですか、それは」
「白ばくれるな!」と刑事が呶鳴《どな》りつけた。
「本署へ引致する前に証拠物件を捜索せにゃならん。前へ出ろ!」
すると「サカモト」と羅馬《ローマ》字の彫られたジャック小刀《ナイフ》が為吉の菜葉洋袴《なっぱズボン》の隠しから取出された。
「そいつは違う」と為吉は蒼くなって言った。
「黙れ!」刑事は指の傷へ眼を付けた。
「其の繃帯は何だ、血が染《にじ》んでるじゃないか。兎も角そこまで来い、言う事があるなら刑事部屋で申立てろ、来いっ」
がやがや騒いでいる合宿の船員達を尻眼に掛けて、引立てられる儘に為吉は戸外《そと》へ出た。
小春日和の麗《うらら》かさに陽炎《かげろう》が燃えていた。海岸通りには荷役の権三《ごんぞう》たちが群を作《な》して喧《やかま》しく呶鳴り合って居た。外国の水夫が三々五々歩き廻っていた。自分でも不思議な程落付き払って為吉はぴたりと刑事に寄り添われて歩いて行った。もう何うなっても好いという気だった。擦《す》れ違う通行人の顔が莫迦莫迦しく眺められた。自分のことが何だか他人の身
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