面からその存在を失ったのだった。
 暫らくして再び神戸を抜錨《ばつびょう》した諾威《ノルウェー》船ヴィクトル・カレニナ号が大洋へ乗出すと間もなく、帆布に包まれて火棒《デレキ》を圧石《おもし》に付けた大きな物が舷側《サイド》から逆巻く怒涛の中へ投込まれた。
 その甲板に口笛を吹き乍ら微笑して、坂本新太郎は日本の土地に永久の別れを告げていた。
 古来、世界の船乗《シイメン》仲間の不文律に従って「上海《シャンハイ》された男」坂本新太郎と自分を「上海《シャンハイ》」した坂本新太郎とは共に茲《ここ》に二度と再び土を踏めないことになったのである。
[#地付き](〈新青年〉大正十四年四月号発表)



底本:「日本探偵小説全集11 名作集1」創元推理文庫、東京創元社
   1996(平成8)年6月21日初版第1刷発行
   1998(平成10)年8月21日再版
初出:「新青年」
   1925(大正14)年4月号
入力:大野晋
校正:noriko saito
2005年6月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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