た。建福丸《けんぷくまる》が一人で集めていた。
「いい加減におしよ、此の人達は」
 と女将《おかみ》のおきん婆あが顔を出した。「今一人来てるんだよ、朝っばらから何だね。それから、為さん、鳥渡《ちょいと》顔を貸して――」土間を通って事務所になっている表の入口へ出る迄、おきん婆あは低声《こごえ》に囁《ささや》き続けた。
「素直にね、それが一番だよ。誰にだって出来心ってものはあるんだからさ、大したことはなかろうけれど、まあ、素直に、ね」
 指の傷を気にし乍《なが》ら、為吉は何故か仏頂面をしていた。何か解ったような、それでいて何も解らないような妙な気もちだった。事務室には明るい午前の陽が漲《みなぎ》って、暫《しば》らくは眼が痛いようだった。
「為ってのはお前か」
 と太い声がした。返事をする前に、為吉は瞬きし乍ら声の主を見上げた。洋服を着た四十代の男だった。
「お前は坂本新太郎《さかもとしんたろう》というのを知ってるだろう」
 彼は矢継早やに質問した。坂本新太郎というのは昨夜の相部屋の男の名だった。相手の態度から何か忌《いま》わしい事件を直感した為吉は黙った儘頷いた。
「太い奴だ!」と男は為吉
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