甲板部の為吉とは話も合わないので、夜っぴて唸《うな》っていても、為吉は別に気に止めなかったのである。
油臭い蒲団《ふとん》の中で、朝為吉が眼を覚ました時には、隣の夜具は空だった。彼は別に気に止めなかった。それよりも既《も》う永い間、陸《おか》にいる為吉には機関の震動とその太い低音とが此の上なく懐しかった。殊に朝の眼覚めには、それが一入《ひとしお》淋しく感じられた。
濠洲航路の見習水夫でも、メリケン行の雑役でも好いから、今日こそは一つ乗組まなくては、と為吉は朝飯もそこそこに掲示場へ飛び出した。黒板には只一つ樺太《からふと》定期ブラゴエ丸の二等料理人の口が出ているだけで、その前の大|卓《テーブル》の上に車座に胡座《あぐら》を掻《か》いて、例《いつ》もの連中が朝から壷を伏せていた。
「きあ、張ったり、張ったり!」
と鎮洋丸《ちんようまる》をごて[#「ごて」に傍点]って下《おろ》された沢口《さわぐち》が駒親《こまおや》らしかった。
「張って悪いは親父の頭――と」
「へん、張らなきゃ食えねえ提燈屋《ちょうちんや》――か」
為吉は呆然《ぼんやり》と突っ立って、大きくなって行く場を見詰めてい
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