楔《くさび》を打って廻った。一度で調子好く打込み得るのは為吉だけだった。感心し乍ら皆色々と彼の経験を尋ねた。歯切れのいい倫敦風《カクネイ》の英語で応答しながら彼は大得意だった。そして誰も彼の逃込んで来た理由を尋ねはしなかった。国籍不明の彼等にとってそんな事はてん[#「てん」に傍点]で問題でなかったのである。ただ一度|船長《キャプテン》に呼ばれて行った時、家庭の事情で伯父の家から逃げて来たと為吉は答えた。ヴィクトル・カレニナ号乗組二等水夫シン・サアキイ、こう地位と名前を頭の中で繰返して為吉は微笑を禁じ得なかった。
通路《パセイジ》に面した右舷《ポウルド》の一室を料理人《クック》と仕官ボウイと為吉が占領することになった。下級員《クルウ》が仕事している間に、船尾の食堂《メス》へ彼等の食事を運んで遣るだけで、後片付けは見習《アップ》がすることになっていたので、為吉が彼等と顔を合わすのは昼間甲板《デッキ》で作業する時だけだった。従って機関部の人たちに遇うことは殆どなかった。石炭と灰と油に塗《まみ》れて船底《ダンビロ》に蠢《うごめ》いている彼らを、何かと言えば軽蔑する風習が何《ど》の船の甲板《デ
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