た。建福丸《けんぷくまる》が一人で集めていた。
「いい加減におしよ、此の人達は」
 と女将《おかみ》のおきん婆あが顔を出した。「今一人来てるんだよ、朝っばらから何だね。それから、為さん、鳥渡《ちょいと》顔を貸して――」土間を通って事務所になっている表の入口へ出る迄、おきん婆あは低声《こごえ》に囁《ささや》き続けた。
「素直にね、それが一番だよ。誰にだって出来心ってものはあるんだからさ、大したことはなかろうけれど、まあ、素直に、ね」
 指の傷を気にし乍《なが》ら、為吉は何故か仏頂面をしていた。何か解ったような、それでいて何も解らないような妙な気もちだった。事務室には明るい午前の陽が漲《みなぎ》って、暫《しば》らくは眼が痛いようだった。
「為ってのはお前か」
 と太い声がした。返事をする前に、為吉は瞬きし乍ら声の主を見上げた。洋服を着た四十代の男だった。
「お前は坂本新太郎《さかもとしんたろう》というのを知ってるだろう」
 彼は矢継早やに質問した。坂本新太郎というのは昨夜の相部屋の男の名だった。相手の態度から何か忌《いま》わしい事件を直感した為吉は黙った儘頷いた。
「太い奴だ!」と男は為吉の手首を掴んだ。驚いた顔が幾つも戸の隙間に並んでいた。
「僕は観音崎署《かんのんざきしょ》の者だ。一寸同行しろ」
 超自然的に為吉は冷静だった。周囲の者が立騒ぐのを却って客観視し乍ら、口許《くちもと》に薄笑いさえ浮べていた。それが彼を極悪人のように見せた。只かま[#「かま」に傍点]を掛けるつもりで荒っぽく出た刑事は、これで一層自信を強くしたようだった。
「さっさと来い」と彼は自分で興奮して為吉を戸口の方へ引擦ろうとした。
「行きますよ、行きさえしたら宜《い》いんでしょう。なあに直ぐ解るこった」
「早くしろ」
 と刑事は為吉を小突こうとした。其の手を払って為吉は叫んだ。
「何をしやがる! Damn You」
 刑事の右手が飛んで為吉の頬桁《ほおげた》を打った。
「抵抗すると承知せんぞ」
「まあ、まあ、旦那」と顔役の亜弗利加《アフリカ》丸が飛んで出た。「本人も柔順《おとな》しくお供すると言ってるんですから――が、一体|何《ど》うしたと言うんです」
「太い野郎だ」と刑事は息を切らしていた。
「君等は未《ま》だ知らんのか。昨夜坂本新太郎が殺害されたのだ」
 一同は愕然《あっ》と驚いた。最も駭《
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