not the men to be blamed for nothing.
これは、考えようによって二様にとれる文句である。「ユダヤ人はただわけもなく糺弾《きゅうだん》される人間ではない」――糺弾されるには、糺弾されるだけの理由がある。とも、解釈すればできないことはないが、もちろんそうではない。「ただわけもなく糺弾されて引っ込んでいるもんか。このとおりだ」の意味で、味わえば味わうほど不気味な、変に堂々たる捨て科白《ぜりふ》である。
この楽書《らくがき》はじつに惜しいことをした。書いてまもなく、密行《みっこう》の巡査が発見して、驚いて拭き消してしまったのだ。付近にはユダヤ人が多い。反ユダヤの各国人も、英国人をはじめもちろん少なくない。この文句が公衆の眼に触れれば、場合が場合だけに群集が殺到してたちまち人種的市街戦がはじまる。実際そういう騒動は珍らしくないので、それを避けるために独断で消したのだという。気をきかしたつもりで莫迦《ばか》なことをしたもので、あとから種々の点を綜合してみると、この壁の文字こそは、それこそ千載一遇《せんざいいちぐう》の好材料だったのだ。これさえ消さずに科学的に
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