セット街ミラア・コウトの自宅で惨殺されたケリイ一名ワッツの死|屍《し》のごときは、ほかのすペての犯行が戸外で行なわれたのと異なり、これは被害者の寝室が現場だったので、怪物が、長く悠々と居残ってその変態癖を遺憾《いかん》なく満喫し、「血の饗宴《きょうえん》」を楽しむだけの時間と四壁を持ったせいか、胸部腹部はなんら人体の原型をとどめておらず、室内は、まるで屠《と》殺場の腑分《ふわけ》室のような光景を呈していた。事実、この事件は、全犯行を通じて白熱的に最悪のものだったが、報知を受け取って踏み込んだ警官の一行は、その予想外に酸鼻《さんび》な場面と、鬱積《うっせき》する異臭にとつじょ直面したため、思わずみんな一個所にかたまって嘔吐《おうと》したという。この言語道断ネ狼籍《ろうぜき》、徹底した無神経ぶりは、当時の新聞をして「恐怖の満点」と叫ばしめ、「人性の完全な蹂躙《じゅうりん》」と唖然《あぜん》たらしめている。
 こうなると、もうこれは、自由自在に出没|横行《おうこう》する悪鬼《デイモン》の仕業《しわざ》だと人々は言いあった。じっさい、これに匹敵《ひってき》する残虐な犯例は、世界犯罪史をつうじて
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