ちょっと類を求めがたいのだが、なかんずくここに留意《りゅうい》すべきことは、前々からいうとおり、この犯人はホワイトチャペル付近の売春婦だけを殺したという一事である。これこそ、この犯罪の動機を暗示する重要な特異性ではないだろうか。そこに、彼の「言葉」といったようなものを読み取ることはできないだろうか。じつに犯人ジャックは、この特徴ある犯行をもって一つの意思を発表し、世間に話しかけたのだ。
かれの行為は、何事[#「何事」に傍点]か大声に主張している。この「何事」を検討するところに、全リッパア事件の謎を解く合鍵語《キイ・ワアド》が潜《ひそ》んでいると思う。とにかく、「ジャック・ゼ・リッパア」なる人物は、なにかの理由から、イースト・エンドの売春婦をひいてはロンドン全体を、その人心を、社会を、震撼《しんかん》し戦慄《せんりつ》させるのが目的だったに相違ない。
初冬のロンドンには、煤煙《ばいえん》を交えた霧の日がしきりにつづく。
明けても暮れても、人は斬裂人《リッパア》の噂で持ちきりだった。
すると、話はちょっと後退するが、バアナア街事件のあった翌早朝のことだ。
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