せつな》彼の神経を萎縮《いしゅく》させて、とっさの判断、敏速|機宜《きぎ》の行動等をいっさい剥奪《はくだつ》し、呆然として彼をいわゆる不動|金縛《かなしば》りの状態に、一時|佇立《ちょうりつ》せしめたのだと省察することができる。これは十分の理解と同情を寄せうる心理で、なにも格別パッカアが臆病な男だったという証拠にはならないが、それにしても、つぎに「ちょうどその時店に自分のほか、人がいなかった」ため「店をあけて飛び出すわけにもゆかなかった」というのは、事態の逼迫《ひっぱく》を認識せず、物の軽重を穿《は》きちがえた、横着《おうちゃく》とまではいかなくとも、いささか自己中心にすぎて、かなり滑稽《こっけい》な弁辞であると断ぜざるを得ない。ロンドン中が「斬り裂くジャック」の就縛《しゅうばく》を熱望して爪立ちしていることは、パッカアはもっとも熟知していたはずの一人である。しかも彼は、九月三十日以来、犯人の顔を見た地上ゆいいつの人間として、全英の新聞と話題の大立物《おおだてもの》になっていた矢先だ。その手前もある。不意のことで、愕《おどろ》いたのは当然としても、もう少しそこになんとか気のきいた応急策
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