符売場式の店の窓口からボンヤリ[#「ボンヤリ」に傍点]戸外の雑沓《ざっとう》を眺めているのが常です。すると、早目に昼飯《ランチ》に出た近所の売子などが、笑いさざめいて通っていましたから、かれこれ十二時でしたろう。ふと見ると、あの男が、この間の晩と同じ服装で店のすぐ前の舗道に差しかかっている。彼奴《きゃつ》が『斬裂人《リッパア》のジャック』であることは各新聞も指摘し、近所の者もみなそう言いあい、私も確信していた際ですから、私は、通行の群集に混って歩いているその男を見かけると同時に、あ! あいつだ! と思いました。先方も私を覚えていたらしく、ちら[#「ちら」に傍点]とこちらを見ましたが気のせいか、それは何事か脅すような、じつに気味の悪い眼つきでした。正直に申しますと、私ははっ[#「はっ」に傍点]と不意を打たれて、意気地がないようですが、あまりびっくりしてどうにも足が動きませんでした。その上、ちょうどその時私のほかに店に人がいなかったものですから、即座に店を空けて飛び出すわけにもゆかず、その間にも奴は足早に通り過ぎて行きます。気が気でありません。で、私は、すぐ後から店の前を通りかかった靴磨き
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