やフォルスタア氏をはじめ錚々《そうそう》たる腕|利《き》きがそろっていて、空前絶後といってもいい一つの黄金時代だったのである。しからば犯人ジャックが、それほど遁走《とんそう》潜行に妙を得た超人間であったかというに、事実は正反対で、ただかれは、一個偉大なずぶ[#「ずぶ」に傍点]の素人《しろうと》にすぎなかった。そして、その素人素人《しろうとしろうと》した粗削《あらけず》りな遣《や》り口こそ、かえってその筋の苦労人の手足を封じ込めた最大の真因《しんいん》だった観がある。が、実際は、こうなるとすべてが運であり、一に機会の問題である。この場合は、その運と機会が、不合理にもしじゅう反対側に微笑《ほほえ》み続けたのであった。
 こうしてバアナア街の被害者エリザベス・ストライドは、不慮《ふりょ》の死の二十分前に、無意識に犯人の顔を、パッカアという一人の人間に見せたという重要な役目を果したのだが、そのためにこのパッカアがあとでさんざん猛烈な非難を一身に浴びなければならないことが起こった。
 が、これは、パッカアにも攻撃されて仕方のない理由と責任がある。
 十月二日というから、バアナア街事件のあった九月
前へ 次へ
全59ページ中33ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧 逸馬 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング